49 もっと研究が必要なようです
それから、アーシャは猛烈な勢いで料理研究を進めていった。
「なるほど……食材によって属性のようなものがあって、相性の悪い属性同士を同じ鍋に入れると失敗しちゃうんですね」
『でもその相性の悪さを中和させる食材もあるみたい』
『奥が深いな……』
精霊やモフクマたちの手も借りて、アーシャは試行錯誤を繰り返した。
幾度となく鍋の中にダークマターを溢れさせ、うまくいったと思ったら料理を口にした途端に昏倒し……長い、長い道のりだ。
(でも、ファズマさんはもっとたくさんの苦労を重ねたんですよね……)
一つ一つ、結果を書き記しながら……アーシャは少しずつコツを掴んでいった。
「ミノタウルスの肉はほとんどの食材と相性が悪いけど、かけるソースによっては他の食材とも仲良くできる。逆にミノタウルスの乳はまろやかで仲の悪い食材同士を中和することができる……うーん、難しいですね……」
それでも少しずつ、形になっている。
アーシャは確かな手ごたえを感じていた。
「よし、そろそろファズマさんに食べていただくレシピを考えられそうです!」
アーシャは知恵を振り絞り、前菜、スープ、メインディッシュ、デザートまでついた力作メニューを作成し、ファズマの元を訪れたのだが……。
「駄目ですね、この程度で私の舌を唸らせようなどとは笑止千万」
「うっ、なんか頭のよさそうな馬鹿にされ方を……!」
ファズマはアーシャの持参した料理を、すべて一口ずつ口にして……無慈悲にも失格を突きつけた。
「これはあくまで、相性の悪くならない食材同士を掛け合わせたにすぎません。そんなただの計算式のような味気の無い料理で、誰かを感動させることができるとお思いで?」
『いつの間にか目的変わってない?』
『別に誰かを感動させたいわけじゃないだろ、アーシャ』
「いいえ……ファズマさんの言う通りです。私の料理には、誰かの心を動かすようなエモーショナルな部分が不足しているんです!」
『あーあ、アーシャが意固地になっちゃった』
アーシャはなんとしてでも収穫祭を成功させたい。
皆に料理を食べて、心から美味しいと、この時間を楽しんでほしいのだ。
ただの無難な料理を出したところで、魔王領の者たちの心を動かすことはできないだろう。
(バルドさんやプリムさんが頑張ってるのに、私だけ手を抜くことなんてできませんからね……!)
魔王領は大きな転換期を迎えている。戦いに明け暮れていた者たちに、他の生き方もあるのだと、食事はたんなる栄養補給の手段ではなく、身も心も満たしてくれる幸せなものなのだと伝えなければいけないのだ。
「出直してきます!」
アーシャは勢いよくファズマの部屋を飛び出した。
(もっと、もっと頑張らなくちゃ……!)
ファズマの冷たい言葉はアーシャの胸の炎を掻き消したわけではなかった。むしろ、ますます強く燃え上がらせてしまったのだ。
しかし……。
「ぐっ、予想以上に手強い……!」
あれからアーシャは、幾度も料理を作ってはファズマの元へ足を運んだ。
だがいまだに彼の舌を唸らせるような料理は完成していない。
『アーシャ、そろそろ妥協すれば? 普通においしいじゃん、これ』
『あのパシリ野郎なんてただの小姑みたいなもんだろ。ほっとけよ』
精霊たちは試作品をつまみ食いしてそう慰めてくれるが、アーシャはここで折れるつもりはなかった。
「普通においしいだけじゃだめなんですよ。もっと魂を燃え上がらせるような料理を作らなければ……」
何度も試行錯誤して、見た目も味も上等な料理が作れるようにはなった。
だが、まだ足りない。
重要な何かが、不足しているのだ。
手元の食材と調理ノートを見比べ、うんうんと唸っていると……。
「ずいぶんと難しい顔をしているな」
「ひゃあ!?」
急に耳元で声が聞こえ、アーシャは思わず飛び上がってしまった。
慌てて振り返ると、そこにいたのは――。
「魔王様!?」
なんと魔王ルキアスが、すぐ至近距離に立っているではないか。




