48 試練に挑みます
「でも、よくよく考えればおかしいですよね。今まであんな失敗したことはなかったのに」
『アーシャ、過ちを認めるのも大切なことですわ』
『そうそう、ちょっとドジなところがあった方が可愛いから気にすんなよ』
「そういう問題じゃありません!」
モフクマと精霊たちに自室に運ばれ、献身的な看病を受けた結果……数時間後には問題なく動けるまでに回復した。
だがアーシャとしては納得がいかない。
(別に変な食材を混ぜたわけでもないし、調理手順に問題があったとは思えない。じゃあ何がいけなかったの?)
うーん、と頭をひねって……アーシャはとある仮説にたどり着いた。
(そういえばあの野菜……形や色がアレグリア王国のものとは違っていた。もしかしたらそのせい?)
もう少し、調べてみる必要があるだろう。
納得いかないアーシャは、精霊たちの反対を押し切り再び厨房へと突撃したのだった。
そうして厨房で働いているモフクマたちに聞いてみた結果……興味深い事実が明らかになった。
「私たちが農場で育てている作物は、普通に魔王城の食卓に並んでいるんですよね」
つまり、モフクマたちは調理に成功しているのだ。ということは……。
『ドンマイ、アーシャ!』
『残念だったね……』
「いやいやいや、私は認めません!」
きっと何かカラクリがあるはずだ。
自分がとんでもないレベルのメシマズになってしまったと認めたくないアーシャは、必死に調査を続けた。
「魔王城で出る食事は、基本的にはここで作られているんですよね? 献立は誰が考えているんですか?」
「マ!」
モフクマが指さした先の壁には、一月の献立が事細かく記されている表が貼られていた。
「すごい、きちんと栄養バランスが考えられているみたいですね。いったい誰が……」
感心しながら献立に目を通していたアーシャは、ふと表の下部に書かれた文言に視線をやった。
――「不明な点がある場合は四天王が一人、ファズマまで報告すること」
「…………まさかここまでファズマさんの担当だったなんて」
『やべぇなあいつ、いつ寝てんだよ』
『あのすかした顔で献立表を作ってるところなんて想像つきませんわ』
周囲のモフクマに寄れば、各献立のレシピもファズマが作成し、モフクマはその通りに作るように言い含められているのだという。
「つまり、ファズマさんに聞けば料理の秘訣がわかるってことですね……!」
『あらら、珍しく燃えてるね。アーシャ』
『やる気、満々……』
モフクマたちに礼を言い、アーシャはいつになくキリッとした表情で、颯爽と次の目的地へ向かうのだった。
◇◇◇
「こんにちは、ファズマさん。少しお時間をよろしいですか?」
「……またあなたですか、聖女様」
夕刻、私室を尋ねたアーシャを、ファズマはあからさまなため息とともに迎えてくれた。
歓迎されていないのは明らかだが、アーシャはさして気にすることもなく室内へ足を踏み入れる。
どうやら彼は食事中だったようで、机の上には料理が並んでいた。
「すみません、出直しますね」
「いえ、続けてください。またあなたの襲撃を受けるよりここで済ませてしまった方がいい」
ファズマは嫌そうな顔をしつつも椅子を勧めてお茶まで出してくれた。
なんだかんだで面倒見のいい彼らしい。
「それで、今度は何の用です?」
「それが……」
アーシャが厨房であった出来事を説明すると、ファズマは「何を当たり前のことを」とでもいうように鼻で笑った。
「申し訳ございません聖女様。まさか聖女様がその程度のこともご存じないとは思い至らず……」
『いちいち話し方がムカつくんだよな、コイツ』
拳を握ったフレアを目線で宥め、アーシャはおそるおそる問いかける。
「ファズマさんには、私が失敗した理由がわかりますか?」
「えぇ、当然です。聖女様、ここはあなたの暮らしていた人間の国とは違う。長きにわたり血で血を洗う争いを繰り広げてきた地なんです。そんな土地で育つ作物は……当然、反骨心が強いのです」
「えっ、野菜なのに反骨精神が強いんですか?」
「当たり前じゃないですか。ここはそういう場所なんです」
「なるほど……?」
何となくわかるような、わからないような……。
首をかしげるアーシャにため息をついて、ファズマは説明を加えた。
「食材にも、相性というものがあるんですよ。相性の悪い食材同士を混ぜ合わせると、バチバチと反発しあってとてつもなくマズい味になります。人間の国の料理のような軟弱なやり方は、ここでは通用しないのです」
「ひぇぇ……」
予想外の答えに、アーシャは面食らってしまった。
まさかアーシャが育て、調理したあの食材たちに……そんなライバル意識があったとは驚きだ。
(なるほど……だから、人間の国に比べて食事がシンプルなんですね)
ここに来てアーシャはやっと魔王城の食事がなぜシンプルなのかを悟った。
(でも、どうせなら収穫祭ではみんなをあっと驚かせるような料理を出したいんですよね……)
「ファズマさんは魔王城の献立を作成されてるんですよね? コツを教えてもらったりは――」
「嫌です」
「即答!」
即座に断られ、アーシャはため息をついた。
そんなアーシャを見下ろし、ファズマはふんと鼻を鳴らす。
「なぜ苦労して会得したスキルを、ただで他人に教えてやらなければならないのですか? レシピは一種の情報。そして情報は財産です。いくら聖女様とはいえ、教えて差し上げる義理はありませんね」
『何だこいつ。ちょっと炙って吐かせるか』
『水責めでもいいよぉ』
「駄目ですよ! ファズマさんの言うことにも一理あります」
彼が何度も言うように、ここはそういう厳しい場所なのだ。
郷に入っては郷に従え。
アーシャが自分で何とかするしかないだろう。
「わかりました、お時間を取らせてしまい申し訳ございません。この件については私の方でなんとかしてみますね」
ぺこりとお辞儀をして、アーシャはその場を後にしようとした。
だが立ち上がり部屋の扉に手を掛けた途端、ファズマが意味深に咳払いをして見せたのだ。
「ま、まぁ……あなたが公衆の面前で大失敗でもしでかせば、魔王様の顔に泥を塗ることにもなりかねません。あなたにその気があるのなら、私の舌を満足させるくらいの食事を作ってください。そうすれば……多少なりともアドバイスをして差し上げることもやぶさかではありません」
「本当ですか!?」
アーシャがぱっと表情を輝かせると、ファズマは慌てて視線をそらしてしまった。
「もちろん、すべてはあなたが私の試練をパス出来たらの話です! 自信がないのなら、さっさと辞退した方が――」
「いいえ、やります! やらせてください! 絶対にファズマさんの舌を唸らせる料理を作ってみせますね!」
満面の笑みを浮かべてそう口にすると、アーシャは一秒でも時間が惜しいとばかりに走り去っていった。
その後姿が完全に見えなくなったところで、ファズマは小さく舌打ちする。
「まったく、調子が狂う……」
だがそのセリフとは裏腹に、口元に笑みが浮かんでいることはファズマ自身も気づいていなかった。




