47 メシマズと呼ばないで
さて、音楽はバルドに、ステージはプリムに任せることで何とかなりそうだ。
あとは収穫祭の主役――皆に振舞う料理についてだが……。
「これは、腕の見せ所ですね!」
孤児院で育ち、神殿で巫女として修業を重ねていたアーシャは、当然炊事当番も慣れたものだ。
魔王城に来てからはモフクマたちに任せっぱなしになっていたが、今こそ長年培った腕を振るう時なのである。
「というわけで皆さん、よろしくお願いします!」
「「マー!」」
意気揚々と厨房に乗り込んだアーシャは、足元へ集まって来たモフクマたちと共に気合を入れた。
普段は彼らが魔王城で暮らす者たちの食事をこさえてくれているのだ。
事情を話すと、モフクマたちは喜んでアーシャを手伝ってくれるということだった。
(これは強い味方ですね!)
もはや向かうところ敵なしとでもいうような気分で、魔王城へ運び込まれた作物の検分を始めたのだが……。
「やっぱり土壌が違うからか、アレグリア王国の野菜とは少し違いますね……」
アーシャやバルドが農場で育てていたのは、王国でもメジャーな野菜や穀物だ。
同じ種を蒔いたのだから同じものが出来ると思いきや、何やら形がボコボコしていたり凶悪な色をしていたりと差異はある。
『見てください、このニンジン。三又にも分かれてますわ!』
『このキャベツめっちゃ青いけど大丈夫か』
『う~ん、でも毒はないみたいだよ?』
「まぁ……育つ場所が違えば成長の仕方も違うのは仕方ありませんね」
アクアの見立てによると、毒はないらしい。ということは、食べられるのだ。
食べられるのなら多少形や色が凶悪でも問題はない……はずだ。
そう判断して、アーシャは包丁を手に取った。
「それじゃあまずは、野菜のスープを作りますね!」
まずは簡単なものからと、アーシャはさっそく腕まくりをした。
聖女に選ばれてからは中々自分で炊事をする機会はなかったので、多少のブランクはある。
だが単に野菜のスープを作るだけなら、失敗することはないだろう。
「お手伝いするクマ!」
モフクマたちがわらわらと寄って来て、鍋にお湯を沸かしてくれる。
その微笑ましい光景に頬を緩めながら、アーシャは野菜に包丁を入れる。
「わっ、この包丁の切れ味すごいですね……!」
「それはミスリル製クマ」
「ミスリル!? それって伝説級の超稀少素材なんじゃ――」
『マジかよ、あの魔王設備の力入れる場所間違ってんだろ』
『武器ではなくこういう道具にこそ力を入れるべきという意志表示なのかもしれませんよ?』
アーシャはごくりと唾を飲み、手元の美しく光る包丁を眺めた。
いったいこの包丁を売りさばいたらどれだけの値段が……いやいや、そんなことを考えるべきではないだろう。
「間違えて自分の手までスパッと切りそうです……」
『アーシャ、落ち着いて!』
『深呼吸、大事……』
すーはーと深呼吸して、アーシャは再び野菜を切っていく。
ちょうどボコボコと鍋が沸騰する音も聞こえてきたので、ちょうどいいサイズに切った野菜を投入だ。
「後は塩胡椒とハーブで味をつけて、かき混ぜれば……」
神殿仕込みの美味しい野菜スープの完成! のはずだったのだが……。
『えっ、なんかこれ色ヤバくない?』
『どことなく匂いもヤバいな』
鍋の中を覗き込んだアクアとフレアが顔をしかめる。
「…………」
鍋の中の惨状を悟り、アーシャもごくりと唾を飲んだ。
今や鍋の中は不気味な青紫色に染まり、ぷくぷくと力なく泡が浮かび上がってきている。
「いや、材料も手順も間違えていませんし、こう見えて味はちゃんとしてるはず……」
お玉を手に味見をしようとすると、精霊たちが一斉に焦って止めてきた。
『やめろアーシャ! 俺はお前をこんなところで失いたくないんだ!』
『危険すぎますわ!! あなたがそこまでして命を懸ける必要はありません!』
『毒はないみたいだけど、やめといた方がいいんじゃな~い?』
『嫌な予感……』
「むっ、皆さんそんなに私をメシマズ扱いして! 人間も料理も見た目だけじゃわからないってところを見せてやりますよ!」
むきになったアーシャは一息にスープを口に運んだ。
そして次の瞬間――バターンとその場でに倒れたのである。
『『アーシャ!!』』
慌てる精霊たちやモフクマの声がぐわんぐわんと頭に反響する。
(あぁ、いったいどうしてこんなことに……)
知らないうちに自分がとんでもないメシマズになっていたことに、アーシャは静かにショックを覚え目を閉じるのだった。




