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46 少しずつ変わってきてるみたいです

「さぁてどうしましょうか……」


 収穫祭の企画立案を任されたアーシャは、考え事をしながら魔王城をうろうろしていた。


「とりあえずお料理と音楽と出し物と――」

「おっと」

「わっ、すみません!」


 下を向いて歩いていたので、不意に誰かとぶつかってしまう。

 慌てて謝りながら上を見上げて……アーシャはほっと表情を緩めた。


「おいおい、下ばっかりむいてたら危ないぞ。まぁ俺だからいいけどよ、血の気の多い奴だったら速殴り合いになるぞ」

「ふふ、気を付けますね」


 アーシャがうっかりぶつかってしまったのはバルドだった。

 彼はアーシャをしげしげと眺めた後、がしっと肩を掴んで顔を近づけてきた。


「おい、何か悩みがあるなら相談になるぞ? お前に何かした奴がいたらぶっ飛ばしてやるからすぐに言えよ! あのルキアスの野郎だって俺が――」

「いえいえ、そういうことじゃないんで大丈夫です! 先ほど魔王様に、収穫祭を行う許可を頂いたんです」

「収穫祭? なんだそれ」


 バルドがルキアスと同じように首を傾げたので、アーシャはまたもや笑ってしまった。

 随分とルキアスを敵視しているバルドだが、こういう反応を見ると似た者同士なのかもしれない。


「収穫祭というのはですね――」


 ルキアスにしたのと同じように概要をかいつまんで説明すると、バルドは子どものように目を輝かせた。


「へぇ……よくわかんねぇけど楽しそうだな! 俺にも手伝わせてくれよ!」

「ありがとうございます! 今のところお料理と音楽と出し物を予定しておりまして……」

「よっしゃ! じゃあ音楽は俺たちに任せとけ!!」


 バルドの意外な申し出に、アーシャはぱちくりと目を瞬かせた。


「前にお前と一緒に歌ったことがあっただろ。なんていうかあの時、ビビッと来たんだよな。魂の奥底からリズムが溢れ出てくるというか……。それで実は皆でこっそり練習してたんだ」

「よ、よくわからないけどすごいですね……」


 そういえば彼に誘拐された時に、精霊の力を借りて愛と平和の歌を合唱したことがあった。

 単にいきり立つオーガ族を鎮めるための行動だったのだが、なにやらオーガ族の奥底に眠るソウルビートを呼び覚ましてしまったらしい。


(オーガ族の奏でる音楽は……きっとものすごくパワフルなんだろうな……)


 きっと神殿で厳かに歌われるような聖歌とは違う、大地を揺るがすような音楽なのだろう。

 想像すると、わくわくするようだった。アーシャはにっこり笑って、バルドに礼を言った。


「期待していますね、バルドさん!」

「おう、任せとけ!」


 バルドは得意げに胸を張って、鼻歌を歌いながら去っていく。その背中を見送り、アーシャは足取りも軽く歩き出した。




「アーシャ! 見つけた!!」


 ほどなくして、背後から声が聞こえ振り返る。

 見れば、プリムがこちらへ駆けてくるところだった。


「こんにちは、プリムさん。今日はどうされたんですか?」

「アーシャと遊ぼうと思って探してたの。アーシャは見つからないし他の魔族にじろじろ見られるし死ぬかと思った……」


 しがみついてきたプリムは、小刻みにぷるぷる震えていた。

 ここに来た当初は自分も警戒されていたことを思い出し、アーシャは納得する。


「あぁ、あれはただの不審者対策だから気にしなくて大丈夫ですよ」

「えっ、私不審者だと思われてるの!? ビビりすぎて挙動不審なのがいけなかったのかな!?」


 あわあわと慌てるプリムを宥め、アーシャはくすりと笑う。


「それより、相談があるんです。実は、こんど収穫祭を行おうと考えておりまして……」


 何かいいアイディアを貰えないかと持ち掛けると、プリムはもじもじしながら口を開いた。


「実はね、私の方からもアーシャに報告したかったんだけど……あれから夢魔族のみんなにね、思い切ってアーシャに作ってもらった服のこと見せてみたんだ……!」

「えっ! 大丈夫だったんですか!?」


 アーシャから見て、プリム以外の夢魔族の面々はどうにも血の気が多いように見えた。

 プリムが露出度の少ない――今までと少し毛色の違った衣服にうつつを抜かしているなどと知られれば、よってたかってなじられてもおかしくはないのだ。

 だが心配するアーシャとは裏腹に、プリムは嬉しそうにはにかみながら告げる。


「それがね……私も意外だったんだけど、みんな可愛いって褒めてくれたんだ!」


 プリムによれば、中には「私も欲しい」と言い出す者もいたのだとか。

 その言葉を聞いて、アーシャはほっこりしてしまった。


「それはよかった。やりましたね、プリムさん!」

「うん、アーシャのおかげだよ! なんていうか、私って次の長なのに戦嫌いだし、そもそも弱いし、何の取り柄もないしどうしていいかわからなかったんだけど……やっと、自分のやりたいことが見つかった気がするの」


 プリムはアーシャの手を取ると、きらきらと目を輝かせて熱弁した。


「私、ここのみんなにもっと『可愛い』を広めたいんだ! 強さだけが正義じゃないって、みんなに伝えたいの。それでね、もしよかったらなんだけど……収穫祭での催し物、私たちに任せてもらえないかな? きっと素敵なステージにしてみせるから!」


 内気なプリムからの申し出に、アーシャは驚いてしまった。

 だが、もちろん断る理由などありはしない。


「ありがとうございます、プリムさん! すごく嬉しいです!」

「うん! また準備が進んだら報告に来るね!!」


 そう言うと、プリムは嬉しそうに手を振って走り去っていった。

 その顔ははつらつとしていて、初めて会った時のおどおどした様子が嘘のようだ。


「みんな、少しずつ変わり始めてるんですね……」


 ルキアスが平定するまで、この地では部族同士が争う混沌の時代がずっと続いていたという。

 だから戦いが終わった今、皆自分の生きる意味を、やるべきことを失い戸惑っているのかもしれない。

 だが、彼らは少しずつ前に進み始めている。


「私も少しくらいは、皆の役に立てているんでしょうか……」

『えぇ、間違いありません。わたくしが保証いたしますわ』

『俺たちがここに来てから、なんていうか魔王城の空気が変わった気がするんだよな。確実にアーシャの存在はここの奴らに影響を及ぼしてる。それは間違いない』


 ウィンディアとフレアに励まされ、アーシャは微笑む。


「これが、魔王様のやりたかったことなのでしょうか……」


 ルキアスがアーシャを求婚したのは、聖女の力を利用したいという他に……まったく違った価値観の者を迎え入れ、新しい風を入れたかったからなのかもしれない。


「それなら、私は私として進み続けるだけですね」

『そうそう、アーシャはお子ちゃまアーシャのままで大丈夫だよ』

『背伸び、似合わない……』

「むっ、それはどういう意味ですか……」


 精霊たちにからかわれながらも、アーシャははつらつとした気分で歩みを進めるのだった。

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