45 いいことを思いつきました
「これは予想以上にいい感じですね……!」
「わふ!」
大きなダイアウルフ――ポチの背に乗りながら、アーシャは農場を見渡した。
ドライアドの加護とあたりを跳ねまわるホーリースライムの力を受けて成長した農作物はぐんぐんと成長し、早くも収穫の時期を迎えたようだ。
「まさかここまで早いとは思えませんでした。さすがですね、バルドさん」
「まぁ、俺たちにかかればこんなもん余裕余裕! もっと頼りにしていいぜ、アーシャ!」
この農場の統括監督者であるバルドを褒め称えると、彼は得意げに胸を張って見せた。
「ホーリースライムたちがどんどんこの周りも土壌の浄化を進めてるからな。俺たちの人員にもまだ余裕があるし、もっと畑を拡張してもよさそうだ」
「えぇ、アースに頼んでみますね!」
アーシャは目を細めて目の前の光景を眺めた。
大きく広がる農場の各地では、オーガ族たちがあくせくと働いている。
最近ではオーガ族だけでなく、他の種族の者たちもちらほらと農場で働きたいと魔王城を訪れるようになっている。
ルキアスは「戦が終わって皆力を持て余しているのだろう」と言っていた。
異なる種族の者たちが同じ場所で働くと、たまに小競り合いが起きないこともないのだが……今のところ大きなトラブルには発展していない。
これも、現場を統括するバルドの手腕なのだろう。
(でもどうせなら、皆さんにもっと達成感みたいなのを味わっていただきたいんですよね。そうすれば労働意欲も上がるだろうし……そうだ!)
いい考えを思いついたアーシャは、意気揚々とポチに指示を出す。
「ポチ、魔王城へ帰りましょう!」
「クゥン?」
『いいのか、アーシャ。来たばっかりだぞ』
『何か急ぎの用でもありましたの?』
首をかしげるポチと精霊たちに、アーシャはにっこりと笑ってみせる。
「えぇ、魔王様にお願いがありまして」
『なになに~? 色仕掛けなら協力するよ?』
「そんなんじゃないですよ!」
ニヤニヤしながらとんでもないことを言いだしたアクアに、アーシャは慌てて否定した。
(まったく、魔王様は私のことを抱き枕だとしか思ってないのに……)
例の抱き枕事件の後、何度かアーシャは彼の寝所に呼ばれた。
だがアクアが期待するような展開は一度も怒らず、いつもぬいぐるみのように抱きしめられて眠りに落ちるだけだ。
ルキアスにとってのアーシャは、つまりはそういう存在でしかないのだ。
もちろん、アーシャの色仕掛けなど彼に通用するわけもない。
するわけない、はずなのだが……。
(もし私が色仕掛けなんてやってみたら、魔王様は…………って何考えてるの私!)
一瞬だけよからぬ考えが頭をよぎり、アーシャは慌ててぶんぶんと頭を振った。
別にルキアスにそう言う対象として見られたいわけではない。
ただ、ああもあからさまにぬいぐるみ扱いされると……少しだけへこむ。ただそれだけだ。
たったそれだけのことで、ルキアスをわずらわせるような真似ができるはずがない。
「まったくもう……いいから魔王城へ帰りますよ!」
少しだけ頬が熱くなったのを誤魔化すように、アーシャはポチを駆って風を切るように走り出した。
◇◇◇
「というわけで魔王様、私考えたんですけど……収穫祭を行ってはどうでしょう?」
「収穫祭?」
魔王城に帰ってすぐに、アーシャはルキアスの元を訪れた。
耕作がうまくいき作物が収穫できるようになった記念に、大々的に収穫祭を開いてはどうかと奏上しに来たのだ。
だがアーシャの言葉を聞いたルキアスは、不思議そうに首を傾げた。
「収穫祭とはなんだ?」
(なるほど、そこからですか)
今までこのあたりの魔族たちの食糧事情は、狩りと採集ばかりだったと聞いている。
争いが耐えない魔王領では、ゆっくり農作物を育てる暇などなかったのだろう。
当然、収穫祭にも縁がないわけである。
「えっと、収穫祭というのはですね……」
アーシャはかいつまんで、故郷の収穫祭についてルキアスに説明した。
「作物の収穫を祝って、皆で歌ったり、ご飯を食べたり、踊ったり、ご飯を食べたり……とにかくにぎやかなお祭りなんです!」
アーシャは身振り手振りを交えて、収穫祭について伝えようと奮闘した。
『食べることばっかじゃねぇか』
『あら、健やかに育つのはいいことですわ』
「うぅぅ……」
精霊たちに突っ込まれ、アーシャは恥ずかしさに頬を赤く染めた。
そんなアーシャを見て、ルキアスはくすりと笑う。
「なるほど、つまり君は祭りという機会に乗じて思いっきりご飯を食べたいというわけだな」
「うっ、その通りです……」
思えばアーシャにとっての収穫祭の思い出の大半が、「おいしいご飯がお腹いっぱい食べられる」というものだった。
見事に見透かされて小さくなるアーシャに、ルキアスは口元を緩めた。
「わかった、許可しよう」
「本当ですか!?」
シュバッと立ち直ったアーシャに、ルキアスは優しい目を向けていた。
「あぁ、詳細については君に任せよう。人員が必要なら俺の命だと言って遠慮なく使ってくれ」
「あの、ありがたいのですが……よろしいのですか?」
アーシャが収穫祭を行おうとした動機の大半はよこしまな感情からなのだが、それでいいのだろうか。
おそるおそる問いかけると、ルキアスはふっと笑った。
「あぁ、戦がなくなった分皆鬱憤が溜まっているだろうからな。たまには羽目を外して騒ぐのもいいだろう。それに……」
「それに?」
「君の頼みだからな。俺にできることなら何でも叶えてやりたい」
「ひょ?」
思ってもみなかった言葉に、アーシャは一瞬停止してしまった。
(えっと、それってどういう意味なんですか!? いやいや魔王様のことだからそんな深い意味はないはず……!)
「あ、ありがとうございました!」
混乱したアーシャは、とりあえず礼だけ言って脱兎のごとくルキアスの元から逃げ出した。
その後姿を、いつまでもルキアスが見つめていたとは知らずに。




