42 ドキドキしちゃうじゃないですか
「うぅ……アーシャはよく平気で話せるよね」
「バルドさんのことですか? 見た目に寄らず優しい方ですよ」
「嘘! なんか近づくだけで握りつぶされそうじゃない!?」
ぷるぷると小刻みに震えるプリムに、アーシャはくすりと笑う。
小心者のプリムは、どうやらかなりバルドのことを恐れているようだ。
「昔から怖かったんだ……。オーガ族って、ちょっと話しかけてだけで殴りかかってきそう」
「確かに威圧感はありますが、きちんと話せばわかる方です。最近は郊外の農場で働かれていて、私もすごくお世話になってます」
バルドの活躍や人柄を話すと、プリムは半信半疑な表情で、それでもこくりと頷いてくれた。
「確かに……なんていうか言われてみれば、前よりも雰囲気が柔らかくなったような気がする。やっぱり……アーシャが来てくれたからかな」
「私ですか?」
「うん。なんていうか……バルドだけじゃなくて、全体的に魔王城の雰囲気も変わったような気がするんだよね。前なんて、少しでも気を抜けば殺されそうな感じだったのに……今は何か、ふわっとしてるというか――」
「ふわっと?」
「うーん、ぽわぽわ? ふわふわ? そんな感じ」
(そう、なのかな……)
アーシャは少しくすぐったいような心地で、プリムの言葉を聞いていた。
ここに来た当初に比べれば、アーシャも魔王城で随分と動きやすくなったものだ。
それは単に、ルキアスやファズマ、バルドといった魔族の面々と親交が深まったからだと思っていたが……もしかしたら、彼ら自身もアーシャと出会ったことで変わっているのだろうか。
「私は……今の方が好きだな。今まではずっと種族同士で争ってばっかりだったけど、みんな平和に暮らせたら、それが一番だと思う」
ぽつりとプリムが零した言葉に、アーシャは一瞬驚いたが、すぐに同意するように頷いた。
「……えぇ、私もそう思います」
ずっと、魔族は怖い生き物だと思っていた。恐れていた。
でも結局は、魔族同士も、人間も同じなのだ。
少しのきっかけがあれば、わかりあうことができるのかもしれない。
「すごーい、可愛い!」
数日かかったが、ようやく服は完成した。
アーシャが仕立てたのは、アレグリア王国の庶民の間で流行していた型のワンピースだ。
とても宮廷の舞踏会に着ていけるような代物ではないが、ちょっとしたお出掛けならうきうきと気分が弾むような、いわば「町娘のちょっと特別な日」とでもいうような服なのである。
どうやら気分が弾む効果は、魔族のプリムにも有効だったようだ。
「このひらひら~ってなってるところが可愛いよね! ここのリボンも! いいな、人間っていっつもこういう服着てるの?」
「これは特別な日に着ることが多いですね。街に出れば大きな衣装店にはたくさん服がありますし、貴族のお嬢様なんてそれこそ何十着もドレスを持ってるんですよ」
「ほえ~」
アーシャの話すアレグリア王国の話に、プリムは信じられないとでもいうようにぽかんと口を開けた。
「いいなぁ、たくさんの服……」
「私で良ければまた作りますよ」
「いいの!? ありがとう! またお揃いで作ってね!」
プリムの要望で、色違いで同じ型のワンピースを仕立てアーシャも同じものを着用した。
二人で並んで鏡の前に立つと、まるで姉妹のようだ。
「えへへ、ちょっとお散歩行ってくるね!」
よっぽど気分がよくなったのか、プリムはぴょんぴょんと飛び跳ねながら外へ飛び出していった。
その様子を見送り、アーシャはくすりと笑う。
「よかった、喜んでもらえて」
《あの子、好きで露出度高い服着てるわけじゃなかったんだね》
《痴女扱い、失礼……》
《まぁ大胆なのもいいが、俺は奥ゆかしいタイプも好きだぞ》
《あなたの好みなんてどうでもいいですわ。アーシャ、良く似合っていましてよ》
「ありがとうございます、皆さん」
アーシャが歩くと、ふわりとスカートの裾が揺れる。
なんだかそれが嬉しくて、アーシャも知らず知らずのうちに部屋の外へ足を踏み出していた。
普段と違う衣服を身に纏うのは、何となく気恥しいが心が弾むのも確かだ。
ふわふわした足取りで、アーシャが廊下の角を曲がった途端――。
「わっ、魔王様!?」
なぜか向こうからルキアスが歩いてきたので、アーシャは仰天してしまった。
戸惑うアーシャをよそに、ルキアスはすたすたと近づいて来て、アーシャの目の前で足を止めた。
そのままじっと見下ろされ、アーシャは居心地の悪さに首をすくめてしまった。
(うっ、変だったかな? 役目も果たさず遊んでるって怒られる?)
それとも、彼はアーシャが普段とは違う衣服を身に纏っていることにすら気づかないかもしれない。
彼にとって「聖女」ではなく「アーシャ」は、そこまでの興味の対象になっているとは思えなかった。
気を落ち着かせ、なんでもない世間話をしようとアーシャが口を開きかけた時――。
ルキアスはふっと笑った。
その微笑みに、思わずアーシャは固まってしまう。
そんなアーシャの耳元に口を近づけ――。
「よく似合っている」
たった一言、それだけ告げて……何事もなかったかのようにルキアスは去っていった。
その場に残されたアーシャは……一拍遅れて真っ赤になってしまった。
(ななな、なんですか今のは……!)
彼の声が響いた耳が熱い。心臓がどくどくと早鐘を打ち、きっと今鏡を見たら真っ赤な顔になっていることだろう。
(ただの社交辞令、ただの社交辞令。魔王様が私の格好なんかを気にするわけがないんだから……!)
壁に背を預け、そう自分に言い聞かせながらも……アーシャは頬が緩むのを止められなかった。




