42 いつでも大歓迎です
「大丈夫です。それよりも、夢魔族の皆さんの前で芝居を打つんですよね。いつまでもここにいたら皆さんが乗り込んできてしまうかもしれません。急いで行きましょう!」
「うん!」
なんとかルキアスのことを頭の中から追い払い、アーシャは魔王城の重い扉を開け外へと踏み出した。
そして……。
「うっ、なんて強さなの……」
「ふん、口ほどにもないですね」
わざとらしく足元へ倒れたプリムへ、一生懸命考えた「なんか強そうな人が言いそうなセリフ」を吐き捨てた。
すると倒れ込むプリムを目にしたのか、すぐに城門付近にいた夢魔族の面々が駆けてくる。
「プリム!?」
「あんた、どうしたのよ!」
「近づかないで! 私たちの思っているよりも、聖女は危険です……!」
(わぁ、迫真の演技……)
いかにも「満身創痍です」みたいな空気を纏いながら、ふらふらと立ち上がったプリムに、アーシャは内心で賞賛せずにはいられなかった。
「聖女、よくも……!」
「待って! 彼女に手を出さないで! 殺される!!」
必死にそう叫ぶプリムの剣幕に、夢魔族の面々はごくりと唾を飲んだ。
その様子を確認して、アーシャは余裕たっぷりに告げた。
「御機嫌よう、夢魔族の皆さま。愚かしくも私に挑んできたこの御方は、軽く捻って差し上げましたよ? まぁ、退屈しのぎにもなりませんけどね。さぁて、次の獲物は――」
「くっ……ここは私が食い止める! 皆は早く逃げて……!」
「でも、プリムーー」
「いいから! 次の長としての命令です! 誰一人として命を散らすことは許しません!!」
必死に仲間を庇い、プリムはアーシャの前に立ちはだかっている……振りをしている。
そんなプリムの雄姿に、夢魔族の面々は涙ながらに叫んだ。
「待ってな! 仇は必ず打ってやるから!!」
「あんたの犠牲は無駄にしないよ!!」
涙ながらに夢魔族の面々は撤退していった。
彼女たちの姿が完全に見えなくなったところで……プリムは安堵の息を吐きその場に座り込む。
「よかったぁ、うまくいって」
つまりは、「プリムは魔王ルキアスの婚約者の座をかけて聖女アーシャに挑んだが惜しくも敗北。更に夢魔族の殲滅を目論むアーシャから身を挺して夢魔族を庇った」という演技だったのだ。
かなり無理があるような気はするが……これでいいのだろうか。
「……本当に今のでよかったんですか?」
半信半疑のアーシャが問いかけると、プリムはにっこり笑ってみせた。
「おっけーおっけー! これで私は『果敢にも邪悪な聖女に挑み敗北したけど、命を懸けて仲間を逃がした』って実績もできるし。これで腰抜けって言われずに済むよ~」
再び立ち上がったプリムは、アーシャに向かって丁寧に頭を下げた。
「ありがとう、アーシャ。私は偉大な長の孫で、次の長に指名されてるんだけど……本当は、弱虫で泣き虫で皆にも舐められてるんだ。今日も、本当に死ぬ覚悟でここに来たんだけど……その、アーシャがいい子でよかった」
プリムは夢魔族の現在の長の孫であり、既に次の長にも指名されているという。
長には様々な資質が求められる。
元来弱気な性格のプリムは、周囲から馬鹿にされることも多く、中々複雑な立場なのだという。
今回、アーシャがルキアスの婚約者の座に収まったことも、プリム本人は何とも思わなかった……というよりもむしろ安心したらしいのだが、周囲に半ば脅されるように、がくがく震えながら魔王城へ来たのだとか。
「アーシャのおかげで超強い聖女に挑んで生き残ったっていう箔が付くからね!」
嬉しそうに胸を張るプリムに、アーシャはくすりと笑う。
(魔族の方も、いろいろと大変なんですね……)
王国にいた時は、魔族など戦いしか頭にない野蛮な怪物だと教わっていた。
だが実際は……彼らは彼らなりに、いろいろ悩み日々を生きているのだ。
「……あのね、アーシャ」
ぼんやりと思索にふけっていると、おずおずと声をかけられアーシャははっと我に返る。
「な、なんでしょう!?」
「あの、もしもよかったらなんだけど……また、アーシャに会いに来てもいい?」
照れたようにはにかみながらプリムが口にした言葉に、アーシャはぱちくりと目を瞬かせた。
その反応を見て、プリムは慌てたように付け加える。
「いやそのっ! こんな風に本音で話せるのってアーシャしかいないし、私他に友達いないし……いやでも、アーシャが嫌だったら――」
「何言ってるんですか、プリムさん」
アーシャはプリムの手を握って、満面の笑みを浮かべてみせた。
「いつでも大歓迎です! ぜひまたいらしてくださいね!」
そう言うと、プリムは驚いたように目を見開いた後……嬉しそうに何度も頷いた。
「うん! 絶対また来るから!」
「他の皆さんもぜひ!」
「うっ、それは難しいかも……」
思わず苦い顔になったプリムに、アーシャはまたしてもくすりと笑ってしまった。




