41 私が特別なんですか…?
二人で軽く打ち合わせをしながら、夢魔族の面々が待つ城門へと向かう。
だがその途中で、アーシャは意外な相手と遭遇した。
なんとルキアスが、アーシャとプリムを待ち構えるように城門へ続く扉の前に立っていたのだ。
「あれ、魔王様?」
「ヒッ!」
ルキアスの姿を認めた途端、プリムは小さく悲鳴を上げてアーシャの背中に隠れてしまった。
ルキアスは一瞬アーシャの背後で震えるプリムに視線をやったが、気にしていないようにすぐにアーシャに声をかけてきた。
「城門前に夢魔族が押しかけていると聞いた。君が奴らの対応をしたとも」
「あっ、中でお待ちいただいた方がよかったですか?」
「いや、構わない。それよりも、大事はないか?」
「えっ?」
「奴らは気性が荒い。バルドの時みたいに、君に何か迷惑はかけていないだろうか」
そう言うと、彼は再びアーシャの背後に隠れるプリムに視線をやった。
その途端、プリムは怯えたようにぎゅっとアーシャにしがみついてくる。
その様子を見て、ルキアスはすっと目を細める。
「……その背後に隠れる娘に、何か無理強いはされていないか? もしそうだとしたら――」
アーシャにもはっきりとわかるほど、ルキアスの視線が鋭さを増す。
背後から息をのむ音が聞こえ、アーシャは慌ててプリムを庇うように笑ってみせた。
「いいえ、プリムさんとはいろいろおしゃべりしてお友達になったんです。お帰りになるのでお見送りに行くところだったんですよ」
「友達……?」
ルキアスはまるで初めて聞く単語だとでもいうように首を傾げ、アーシャを見て、プリムを見て、またアーシャを見て……少し困ったように笑った。
「……そうか。何か困ったことがあったらすぐに俺を呼んでくれ。あまり君の交友関係に口を挟みたくはないが、夢魔族は狡猾で気性が激しい。俺もシネラリア――夢魔族の長には何度も辛酸を嘗めさせられたものだ」
「ふふ、忠告痛み入ります」
「それと……シネラリアの孫娘よ」
「ひぎゃっ!」
急に名指しされ、プリムは潰れた猫のような声を上げた。
だがそんなプリムの様子など意に介さず、ルキアスはさらりと告げる。
「我が婚約者と友誼を結んでくれたことは礼を言おう。彼女はまだここに来て日が浅い。いろいろと助けてやってくれ」
「ししし、承知いたしました……」
プリムは地面にこすり付ける勢いで頭を下げた。
その様子を一瞥し、ルキアスはアーシャの肩にぽん、と手を置いた。
「何者にも警戒心を抱かないのは君の美点でもあるが……魔族の中には君を騙し、利用しようと企む者もいるだろう。それを忘れないでくれ」
それだけ言うと、ルキアスは颯爽と去っていった。
その背中を見送りながら、アーシャはぼんやりと反芻する。
(誰かを騙し、利用しようとする者がいるのは……人間も、魔族も変わらないんですね)
小さくため息をついた途端、傍らのプリムがへなへなとその場に崩れ落ちた。
「プリムさん!?」
「し、死ぬかと思った……」
慌てて助け起こすと、プリムはがくがくと震えながらアーシャに縋ってくる。
「見たでしょ! 魔王陛下のあの冷たい視線! あれが普通なんだよ!!」
「そ、そうなんですか……」
「はぁ、寿命が三年くらい縮んだ気がする……。でも、噂は本当だったんだね」
「噂?」
「魔王陛下、アーシャには別人みたいに甘々だったじゃない。あんな態度見るのは初めてだよ」
「甘々……?」
「自覚ないの!? 魔王陛下って、さっきみたいに近づいたら殺すって感じの態度が普通なんだよ。だから、アーシャが特別なの!」
「えっ……?」
プリムの剣幕に、アーシャは戸惑ってしまった。
(私が、特別……?)
そんなことを考えたのは初めてだ。アーシャの知る魔王ルキアスは、魔王という座に似合わず穏やかで、優しく、紳士的な人物だと思っていたのだが……。
(もしかして、違ったの……?)
「……アーシャ?」
考え込むアーシャに、プリムがそっと声をかけてくる。
その声ではっと現実戻ったアーシャは、慌ててぶんぶんと首を横に振った
今はルキアスの態度について考え込むよりも、やらねばならないことがあるのだ。




