37 ちょっと予想と違うのですが
「……夢魔族の長、シネラリアの孫娘のプリムと申します。聖女様にお目通りを願います」
先ほどまでの女性たちの騒がしい態度とは一転、その少女は凛とした態度でそう告げ、アーシャに向けて丁寧に頭を下げてみせた。
その丁寧な態度に、アーシャは一瞬気圧されてしまう。
(この方が、魔王様の婚約者だったの……?)
先ほどの話を聞く限りは、ルキアスは目の前の彼女と婚約をしていたのに、聖女の力を必要としたため婚約を破棄し、アーシャを迎え入れたように聞こえるが……。
(そうだとしたら、この方たちが怒るのも納得ですね……)
知らず知らずのうちに、アーシャの存在によって傷つく者がいたのかもしれない。
――「聞こえなかったのか、アーシャ。お前は本物の聖女ではなかったのだ。わかったらさっさと聖女の証であるアミュレットを返せ、偽者」
――「カティアは歴史ある名門伯爵家の令嬢で、優れた癒しの力を持っている。お前のような平民上がりの女よりも、よほど聖女の座にふさわしい。分をわきまえ、早くアミュレットを渡せ」
……別に、セルマンを愛していたわけではなかった。
聖女の座に固執していたわけでもなかった。
だが、それでも……元々の地位を奪われ、お前など不要だとなじられ、追い出され……アーシャの心が傷つかなかったと言えば嘘になる。
もしかしたら目の前の女性も、アーシャのせいで同じような思いを味わったのかもしれない。
だとしたら……。
(きちんと、ご説明するべきですよね)
アーシャはただ聖女の力を必要とされ、魔王ルキアスと契約による婚約を結んでいるだけなのだと。決して彼に愛されているわけではないのだと、伝えなければ。
アーシャはルキアスの妃としてふさわしくない。きっと目の前の彼女の方が、彼に似合いの妃となるだろう。
だがそう考えた途端、胸が締め付けられるように痛んだ気がした。
(何なんだろう、これは……)
そんな胸の痛みに気づかない振りをして、アーシャは丁寧に頭を下げた。
「……承知いたしました、プリム様。それでは中へどうぞ」
プリムと名乗った少女はそっと頭を下げると、くるりと背後を振り返りいきり立つ女性たちに告げる。
「ここからは、私が一人で参ります。皆さまはここでお待ちください」
「……わかったわ。さっさと聖女とやらをシメてくるのよ!」
「負けたら承知しないからね!」
どうやら、彼女は一人で聖女と相対するつもりらしい。
多対一でボコボコにされる未来は避けられそうで、アーシャはほっとした。
(……もしかしたら、話せば争いは避けられるかもしれない)
そう願いながら、アーシャはプリムを魔王城の中へと迎え入れた。
「あっ、聖女さ――」
「あー! モフクマさん! この方とゆっくりお話ししたいんですけど静かなお部屋はないですか!?」
「マッ!? それなら向こうの部屋が空いてるクマ……」
うっかりいつものように「聖女さま」と呼びかけようとしたモフクマを慌てて制し、アーシャは足早に空き部屋へと足を踏み入れた。
「どうぞ、お掛けください」
「ありがとうございます。……それでは、聖女様をお呼びいただけますか」
アーシャに勧められるまま椅子に腰かけたプリムが、真っすぐにこちらに視線を向けてくる。
……いよいよ、この時が来てしまった。
ここで正直にアーシャが聖女だということを話せば、プリムは怒り狂うだろう。
だが、これ以上真実を伝えるのを先延ばしにもできない。
大きく息を吸い、アーシャは口を開いた。
「……黙っていて申し訳ありません。聖女は私です。アレグリア王国から参りました、アーシャと申します」
アーシャはそう名乗り、丁寧に頭を下げた。
(プリムさんからすれば、私は突然現れて彼女を魔王様の婚約者の座から引きずり落とした、とんでもない女ですからね……)
罵声を浴びせられたり、数発殴られるくらいは覚悟の上だ。
まだアーシャにはやらねばならないことがあるので、命まで取られたら困るが……などと考えていたが、いつまでたってもプリムからの応答はない。
おそるおそる顔を上げると、彼女はぽかんと目と口を大きく開き、驚愕の表情でこちらを凝視していた。
「あ、あなたが、聖女様……?」
あまりに聖女らしくないので、あきれて物も言えないのだろうか。
なにしろアーシャは小間使いと間違えられるくらいなのである。もっと初手から聖女らしく振舞った方がよかったのかもしれない。
とりあえずもう一度謝ろうかと、アーシャが口を開きかけた時だった。
「も、申し訳ございませんでしたー!!」
なんと、目の前のプリムはものすごい勢いで土下座をしてきたのである。
その鮮やかな動作に思わず見惚れてしまった後……アーシャは盛大に混乱した。
「ええっ!?」




