36 ライバル登場ですか?
「……わーお」
門の向こうで待ち構えていたのは、幾人もの魔族の女性だった。
皆下着と見紛うような露出度の高い衣服を身に着け、豊満なプロポーションを惜しげもなく見せつけている。
思わず感嘆のため息が漏れてしまうほどだ。
《アーシャ、気にすんなよ! 俺はアーシャみたいなスレンダータイプもいいと思うぜ……!》
ぼぉっと客人を見つめるアーシャをどう思ったのか、フレアが慌ててフォローを入れてきた。
だがその言葉に、ウィンディアが怒りだしてしまう。
《馬鹿! デリカシーがないにもほどがありますわ!》
「べ、別に気にしてないから大丈夫ですよ!」
口喧嘩を始めてしまった二人を、慌ててアーシャは宥めた。
(まぁ、ちょっと憧れないでもないですけど……)
幼い頃から清貧な生活を送っていたからか、アーシャの体型は……とてもスレンダーだ。
別に自分の体形を恥じたり、不満に思っているわけではないが……やはり目の前の彼女たちのような、芸術のような曲線美に憧れる気持ちはある。
そんなふうに憧憬を込めて見つめていると、彼女たちの中の一人がアーシャに気が付いたようだ。
「ちょっと、そこの小間使い!」
「えっ、私ですか……?」
アーシャをただの魔王城の雑用だと思ったのか、魔族の女性は高飛車な態度でアーシャを呼びつけた。
途端に憤慨する精霊たちを身振り手振りで制し、アーシャは彼女に近づく。
「ようこそ魔王城へ。何か御用でしょうか」
丁寧に礼をすると、魔族の女性は馬鹿にしたようにアーシャを見下ろしながら告げる。
「最近ここに、人間の聖女がやってきたらしいじゃないの」
「はい、その通りです」
「今すぐその聖女とやらをここに呼びなさい。身の程知らずの泥棒猫に焼きを入れてやるのよ!」
(わぁーお、ド直球の宣戦布告!)
アーシャは何とか笑顔を維持したまま、心の中で小さくため息をついた。
アーシャは紛れもなく人間だ。そんな自分が魔王ルキアスの婚約者となったことを、良く思わない者がいるというとも考えてはいた。
むしろ、今まで表立ってこのように喧嘩を売ってくる相手がいなかったのが不思議なくらいだ。
しかし、この状況は多勢に無勢。今ここでアーシャが「聖女は私です」などといえば、数の暴力でボコボコにされることは想像に難くない。
もう少し、向こうの意向や戦力を探るべきだろう。
(それに、泥棒猫って……)
アーシャの知識が正しければ、まるでアーシャが別の女性からルキアスを奪ったかのような意味に聞こえる。
嫌な胸騒ぎに、アーシャは知らず知らずのうちに息を詰めていた。
「あの……聖女様に何か恨みでもあるのですか?」
おそるおそるそう問いかけると、その途端女性たちは蜂の巣をつついたかのように、喚き出した。
「なによ、知らないの!?」
「魔王様はうちのお嬢との婚約を無視して、人間の聖女を迎え入れたのよ!」
「ひどい侮辱だわ!!」
「え…………?」
ルキアスが、婚約……?
呆然とするアーシャをよそに、女性たちは自分たちの背後へと呼びかけた。
「ほら、来なさいプリム。あんたも言ってやんな! 聖女だか何だか知らないけど、人の物を奪った薄汚い泥棒だってね!」
その声に呼応するように、一人の少女が進み出てくる。
その姿を見て、アーシャは思わず息を飲んだ。
(すごい、綺麗な子……)
見た目は、アーシャと同じくらいの年頃の少女のようだ。
……もっとも、魔族は外見年齢と実年齢が一致しないことも多いそうだが。
豊かに波打つワインレッドの髪は艶やかで、ルビーのような瞳は見ていると吸い込まれそうだ。
顔立ちは美しく、アーシャはアレグリア王国の神殿にある女神像を思い起こさずにはいられなかった。
そんな目をみはるような美少女は、ゆっくりとアーシャの前までやってくると、小さな口を開いた。




