34 私って婚約者ですよね?
そして気が付けば――。
(ど、どういうことなんですかこれ……)
背後からルキアスに抱きしめられるような形で……アーシャはふかふかのベッドに横になっている。
アーシャをこの状態へと誘った張本人であるルキアスは……すーすーと気持ちよさそうな寝息を立てている。
ルキアスの言葉に目を白黒させている間に手を引かれ、この状態になり、アーシャを混乱させた魔王様はさっさと寝てしまったのだ。
てっきり神殿で巫女仲間とこっそり回し読みした、ちょっと背伸びしたロマンス小説のようなあれこれが起こるかと思いきや……そんな気配は一切なかった。
盛大に混乱中のアーシャだったが、やがて一つの答えにたどり着きつつあった。
(もしかして、これ……私がいつもモフクマにしていることと同じ……!?)
この魔王城に来て以来、アーシャは夜な夜なその辺をうろうろしているモフクマをベッドに誘い込み、その柔らかな体と極上のもふもふを堪能しながら眠りにつくことを日課にしている。
つまりは、アーシャにとってのモフクマがルキアスにとってのアーシャなのだ。
手ごろな大きさの暖かな抱き枕――そういうことなのだろう。
(魔王様の体格からしたらモフクマは小さすぎるのかな? それとも勢い余って潰しちゃうとか!?)
やっと謎が解け、アーシャは思わず大きくため息をついてしまった。
(まったく、人の気も知らないで……)
悶々とするアーシャの胸中など知りもせず、ルキアスは気持ちよさそうに眠り続けている。
とりあえず体を休めようと目を閉じ……そして気が付いたら、アーシャもうっかり寝てしまっていたのだった。
「ん……」
窓から差し込む日の光に、アーシャはぼんやりと目を覚ます。
だが目を開けた途端至近距離でルキアスと目が合って、思わず仰天してしまった。
「ひょわ! 魔王様!?」
「おはよう、聖女殿。いい朝だな」
「そ、そうですね……?」
混乱するアーシャに、ルキアスはくすりと笑う。
「……昨夜のことは覚えているか?」
「そこまで意味深にいうほど何もなかったですよね?」
「その通りだ」
こちらをからかうような彼の言葉に、アーシャはため息をついてしまった。
(私、遊ばれてる……)
アーシャがむっとしたのに気付いたのか、ルキアスは慌てたように付け加えた。
「君のおかげでここ数年で一番の爽やかな目覚めを迎えることができた。感謝しよう」
「魔王様、不眠気味なんですか?」
「……昔は、気を抜けばすぐに命を取られるような環境だったからな。今も眠りは浅いし、少しの気配や物音で目が覚める。特に夜は、暗闇に乗じて命を取りに来る輩が後を絶たないからな。今も中々寝付けないんだ」
「それは大変ですね……」
アーシャはルキアスが魔王として統治を始める前の状況を知らない。
だが、ルキアスやバルドの言葉、アレグリア王国に魔物が侵攻してきたときのことを思えば……きっと、アーシャには想像もつかないほど過酷な環境だったのだろう。
それこそ、ゆっくりと眠りにつくこともできないほどに。
「……私、魔王様のお役に立てましたか?」
おそるおそるそう尋ねると、ルキアスは一瞬驚いたような顔をした後……ぽん、とアーシャの頭に手のひらを乗せた。
「あぁ、もちろんだ。生活リズムを君に合わせると決めたからな。これからも時折、こうして来てくれると助かる」
そう穏やかに微笑まれてしまっては、アーシャに断る術などなかった。
たとえ安眠のための抱き枕としてでも、ルキアスの役に立てるのは誇らしい。
誇らしい、のだが……。
(これは……完全に子ども扱いされてますね……!)
アーシャも良く、今のルキアスのように孤児院の子どもたちの頭をぽんぽん撫でてやっていた。
魔王城に来てからも、モフクマをぽんぽんしてやったりしたものだ。
これは小さき者、守るべき者への親愛の証だ。
(いや別に、不満があるわけじゃないけど。ないんだけど……!)
一応婚約者である相手に、こうも女性扱いされていないと思うと……なんとなく釈然としないのも事実だった。




