32 魔王様から突然のお誘いです
咆哮を上げながら飛びかかってくるダイアウルフを、アーシャは剣で受け止める。
……実際はフレアがそう動くように誘導してくれたようなもので、アーシャ自身は割とテンパっていた。
「えっと……ここからどうしましょう!?」
《雪原地帯の敵は……だいたい炎が弱点……》
《とりあえずぶっ放しちゃえばぁ?》
《おっしゃ! 任せろ!!》
握り締める剣が熱くなり、アーシャは導かれるままに剣を構え、空気を一閃するように振るった。
《いっけええぇぇぇ! アルティメットバーストストリィィィム!!》
《そのダサい技名を何とかした方がいいですわ》
ウィンディア曰く「ダサい」技名をフレアが叫んだ途端、アーシャの握る剣から凄まじい熱風が巻き起こり、ダイアウルフへと襲い掛かる。
「キャイン!!」
熱風はダイアウルフのリーダーへと直撃し、周囲の雪を解かすようにしてすさまじい蒸気が巻きおこる。
そして、再び視界が晴れた時……アーシャの視界に映るのは「キュゥン……」とダウンしたダイアウルフの姿だった。
「私の勝ちですね。待っててください、今手当てをしますので」
神殿で教わった治癒魔法を施すと、ダイアウルフはよろよろと立ち上がる。
そして恭順の意を示すかのように、アーシャの手をぺろぺろと舐めたのだ。
「あの……お暇な時で構わないので、あなたの力を貸していただけると助かります」
「わふ」
アーシャがそっと手を差し出すと、ダイアウルフは行儀よく「お手」をしてくれた。
アーシャが嬉しくなってダイアウルフの体をなでなでしていると、いつの間にか上空で高みの見物をしていたファズマが傍らに立っていた。
「……どうやら、うまくいったようですね。まぁ体面だけだとしてもあなたは魔王陛下の婚約者でいらっしゃいますので、このくらいは軽くこなしてもらわないと困りますが」
ファズマは寒さで曇ったのか眼鏡をフキフキしながら、ぼそりと呟いた。
「まぁでも……名ばかりの聖女ではないようですね」
「え、ファズマさんもしかして私を褒めてます?」
「きっ、聞き間違いでは!?」
相変わらずのツンツン具合に苦笑しながら、アーシャはダイアウルフを見つめた。
一度群れに戻った例のダイアウルフは、すぐにアーシャのもとに戻ってくる。
ブンブンともふもふの尻尾を振る様子を見て、アーシャはぱっと顔を輝かせた。
「もしかして……これからいっしょにきてくれるんですか?」
「キャン!」
「わぁ、ありがとうございます!」
全身でじゃれついてきたダイアウルフに押し倒されながら、アーシャはふかふかのお腹に顔を埋めて幸せを感じていた。
◇◇◇
「……というわけで、ダイアウルフが一緒に来てくれたので私のお尻は守られました!」
「そうか、それはよかった」
魔王城に戻ってきたアーシャは、晩餐時にルキアスに今日の出来事を報告していた。
「ふふ……で、これは秘密なんですけど、その時にファズマさんが私を褒めてくださったんです!」
「……そうか。それで、聖女殿。一つ聞きたいのだが」
魔王ルキアスはあまり口数が多い方ではない。二人でこうして食事をするときも、だいたいアーシャが一方的に話す形になるのだが……別にアーシャは気にしていなかった。
だが、今日は珍しくルキアスの方から何か話があるようだ。
「今夜は、何か予定はあるか?」
「いいえ、ダイアウルフのブラッシングをしようかと思いましたけど、明日でも大丈夫です」
「そうか、なら――」
ルキアスが真正面からアーシャを見つめる。
血のような真紅の瞳に見つめられ、一瞬……アーシャの鼓動が跳ねる。
そのまま、ルキアスはとんでもないことを口にした。
「今夜、就寝前に俺の部屋へ来てくれ」
「…………へ?」
……もちろん、彼からそんなお誘いを受けたのは初めてだ。
あまりに驚きすぎて、アーシャは思わず手に取ったスプーンをぽろりと取り落としてしまった。




