31 いきなりピンチです
目的の山までは、ファズマがわざわざドラゴンで送ってくれることになった。
「いいなぁ、ドラゴン……私に手懐けるのは難しそうですか?」
「ドラゴンを手懐けられるのなんて、熟練のテイマーでも一握りです。聖女様の場合、おそらく30秒ほどで消し炭にされるかと」
「過酷なんですね……」
「まぁ、中には卵から育てて刷り込み効果で手懐けるという方法もありますが、ドラゴンの卵はそれこそ城や国が買えるレベルの希少品です。あまり現実的ではないかと」
「はえー、じゃあそんなドラゴンを従えているファズマさんはすごいんですね」
「まぁ、私は畏れ多くも魔王陛下から四天王の座を与えられておりますからね。他にも魔王城の管理など多くの重要な仕事を任せていただいております」
《うわー、都合よく仕事押し付けられてるだけじゃない?》
「ファズマさん、お仕事が大変なら私を頼ってくださいね、いつでも力になりますので」
「……聖女様、なぜそんな憐れむような目で私を見るのですか?」
「私、働き方改革ってとっても大事だと思うんですよ」
なにしろアーシャ自身が魔王城で働く一員なのだ。ブラックな環境がご免こうむりたいのである。
そう告げると、ファズマは大きくため息をついた。
「まったく……なぜ魔王陛下はあなたのような方に求婚されたのか理解に苦しみますね。陛下はあなたには随分甘い態度でいらっしゃいますし」
「え、そうなんですか? 魔王様は誰にでも優しいのかと……」
「まさか! 優しかったら敵対する勢力を全てなぎ倒して王の座になんて就きませんよ。今他の魔族が大人しくしているのも、陛下が恐ろしいからに過ぎません。あなたがどう思っているのかは知りませんが、そういう方なんですよ、陛下は」
ファズマの言葉に、アーシャは思わず考え込んでしまった。
初対面の時こそ彼が放つ圧倒的な威圧に圧されてしまったが、アーシャに対して魔王ルキアスはいつも優しかった。
ファズマが言うように、彼が武力に物を言わせ玉座に就き、恐怖で支配する魔王なのだとしたら――。
(どうして、私には優しくしてくれるんだろう……?)
アーシャが魔王ルキアスのことで頭を悩ませているうちに、あっという間に北の山へ着いてしまった。
辺りは一面雪に覆われており、針葉樹の森も綺麗に雪化粧に染まっていた。
「寒っ……」
気温は低く、じっとしていると凍り付いてしまいそうなほど寒い。
くしゅん、とくしゃみをしたアーシャに、慌てたように火の精霊フレアが近寄ってくる。
「アーシャ、風邪ひくなよ! ほら」
フレアが炎を纏うような剣へと姿を変える。
ぎゅっと柄を握ると、じんわりと全身が暖かくなる。
アーシャは白い息を吐いて、周囲を見回した。
「えっと……ここにダイアウルフさんがいるんですよね?」
「えぇ、遠吠えが聞こえるでしょう?」
耳をすませば、アォーンという威勢のいい遠吠えが聞こえる。
それと同時に感じるのは……まぎれもない殺気だ。
「ファズマさん……なんていうか危ない雰囲気がビンビンなんですけど」
「そりゃあ、魔獣の住処に侵入しましたからね。侵入者を排除しようとするのは当然のことかと」
気が付けば、アーシャたちは大型の白いオオカミの群れに囲まれていた。
彼らが目的のダイアウルフなのだろう。ダイアウルフは爛々と光る眼でこちらを睨みつけ、威嚇するように喉を鳴らしている。
「わぁ……ちなみにファズマさん。この状況からどうやってダイアウルフを手懐ければいいんですか?」
おそるおそるそう尋ねると、ファズマはにやりと笑った。
「それはもちろん……奴らをぶちのめして力でひれ伏せさせるんですよ!」
「ええぇぇぇぇ!?」
アーシャが驚愕すると同時に、ダイアウルフたちが一斉にとびかかって来た。
《アーシャ、気を付けろ!》
即座に剣に姿を変えたフレアが周囲の空気を一閃し、剣先から尾を引くように炎が巻き起こる。
ダイアウルフたちは炎に驚いたように飛び退いた。どうやら牽制にはなったようだ。
「ファズマさん! 私まだ心の準備が……って自分だけ逃げてる?」
いつの間にかファズマは、ドラゴンに騎乗して悠々と上空からアーシャを見下ろしていた。
「頑張ってください、聖女様。私はここで聖女様の雄姿を見守っておりますので」
「冷たっ!」
どうやら助けや撤退は難しそうだ。アーシャは覚悟を決めて、ぐるりと周囲を囲むダイアウルフへ視線を向ける。
「……私はアーシャ。皆さんのお力をお借りするためにここに来ました。私の力を示す必要があるというならお受けしましょう」
そう告げると、まるで言葉が通じたかのように、ダイアウルフの群れの背後からひときわ大きな個体が進み出てきた。
その姿ときたら、まるでシロクマのようだ。
とてもない威厳と威圧感を兼ね備えている。
きっとこの群れのリーダーなのだろう。アーシャはごくりと唾を飲んで、群れのリーダーへと相対した。
他のダイアウルフは、戦々恐々と様子を窺っている。
どうやら、リーダーが一騎打ちを引き受けてくれるようだ。
「……では、お相手願います」
アーシャとダイアウルフのリーダーの視線が合い……先に動いたのはダイアウルフの方だった。




