30 なんだかんだで優しいんですよね
「……それで、前置きはいいので本題に入りましょう。聖女様が私に相談したいこととは?」
「実はですね――」
竜車は便利だがスピードが速すぎるのと道が悪いので私のお尻がピンチです。騎乗できそうな魔獣がいたら紹介してください……というようなことをかいつまんで伝えると、ファズマはあからさまに馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「なるほど……やはり人間の聖女様の脆弱な体には竜車は過酷すぎましたか! これはこれは私の気遣いが至らぬばかりに申し訳ございません」
仰々しく謝罪してみせるファズマに、アーシャは苦笑した。
どうやら彼は、やっとアーシャの弱点(?)を発見できたことに大喜びしているようだ。
「それで、よさそうな魔獣はいますか?」
「残念ながら、私のもとにいる魔獣は全て戦闘用に特別な訓練を積んでおりますので、人間を背に乗せるなど彼らのプライドが許さないでしょう」
「この前めちゃくちゃ私にお腹見せてゴロゴロしてましたけど」
プライドとはいったい……と呟くと、ファズマは慌てたように咳払いして話題を変えようとした。
「と、とにかく……戦闘用の魔獣は気性も荒く騎乗に向きません」
「前にファズマさんが私を乗せてくださったドラゴンは?」
「あれは私が長い時間をかけて調教した個体です。聖女様一人だけで乗った時点で振り落とされるのがオチですよ」
「そうなんですか……」
じゃあどうすれば……と頭を悩ませるアーシャに、ファズマは得意げに告げた。
「簡単なことですよ、聖女様。野良の魔獣を手懐ければよいのです」
「私にもできるんですか?」
「そうですね……私のように長い時間修行し四天王の座にまで上り詰めたビーストテイマーにとっては容易いことですが――」
《自慢挟まないと死ぬのかコイツ》
「聖女様のような脆弱な人間の身には少々危険かもしれませんね。命の保証はできません。それでも挑戦されるのですか?」
多少の挑発は混ざっているだろうが、きっとファズマの言葉は本当なのだろう。
アレグリア王国には、時折国を守る結界を越えて魔獣が襲撃してくることがあった。
ひとたび魔獣に侵入されれば、多くの者が傷つき、亡くなり、甚大な被害が巻き起こる。
アーシャとて、魔獣の脅威は十分に理解しているつもりだ。だが――。
「はい、行きます。騎乗に向いた魔獣の生息している場所と手懐け方を教えてください」
笑顔でそう告げると、ファズマは驚いたように目を丸くした。
かと思うと、額を抑え大きくため息をつく。
「まったく……あなたはとんでもなく型破りな人間ですね。恐怖という感情が欠けているのでは?」
「そんなことありませんよ。怖い話を聞いた後は夜一人でトイレに行くのが怖くなります」
「……ゴーストは怖いのに魔獣は怖くないのですか? まぁ、いいでしょう」
ファズマはため息をつきつつも、本棚から大きな地図を取り出した。
よく見れば、丁寧な字で魔獣の情報がこまごまと書き込まれている。
「騎乗用として向いている魔獣にはいくつか種類があります、聖女様はどういった魔獣をご所望で?」
「えっと……できれば白くて、ふわふわした感じの……」
「私はペットやぬいぐるみの好みを聞いているのではないんですよ!? まぁ、いいですけど」
「え、いいんですか?」
「残念ながら、聖女様の要望にぴったりな種族が存在しますので」
そう言って、ファズマは地図の中の一点を指さした。
魔王城よりもかなり北に位置する山のようだ。
「この一帯に棲んでいるのが猛獣ダイアウルフです。人間の国にもオオカミがいるでしょう。そのオオカミが更に大きく危険にしたのがダイアウルフです」
アーシャはごくりと唾を飲む。
普通のオオカミでさえ、人間にとっては恐ろしい脅威となる獣だ。そのオオカミを、更に大きく危険にした魔獣なんて……果たしてアーシャに手懐けられるのだろうか。
(でも、私のお尻の痛みには代えられませんね)
「ありがとうございます、ファズマさん、ここにいってダイアウルフに会ってみようと思います」
そう宣言すると、ファズマはまたしても呆れたように大きくため息をついた。
「……仕方ありませんね。私も同行しましょう」
「え、お忙しいみたいだし別にいいですよ」
「勘違いしないでください! 別にあなたが心配なわけではなく、あなたの身に何かあっては魔王陛下の領地改革に支障が生じる可能性もありますので!」
「あっはい」
またしてもツンデレを発動したファズマに、アーシャは笑ってしまいそうになるのをなんとか堪えた。
《自分からパシリになってやがるぞ、コイツ》
《アーシャ、せいぜい利用してやるといいですわ》
精霊たちのアドバイスを聞きながら、アーシャは緩みそうになる口元を引き締めながら頷くのだった。
ちょっと話のストックが心もとなくなってきたので更新頻度を落とします。
3日に1回くらいの更新になる予定です!




