3 王太子の企み
「くそっ、どいつもこいつも……!」
アーシャが快眠をむさぼっている頃――王太子セルマンは荒れていた。
――「お考え直しください、殿下!」
――「神殿が選定した聖女様を勝手に捕らえ、役職を剥奪するなど……神殿との関係に亀裂が生じます!」
重臣たちから口々に諫められ、セルマンの機嫌は最悪だった。
(どうせ聖女など、大した意味もない名誉職の癖に……勝手に妃を決められる俺の身にもなってみろ!)
代々の聖女は名門貴族の令嬢だったというのに、まさか自分の妻となる当代聖女が孤児院育ちの平民とは……!
ヘルマンも初めてアーシャを見た時は、平民ながらに中々悪くない女だと思っていた。
カップいっぱいのミルクにスミレのシロップをひとさじ落としたかのような淡い白菫色の髪も、夜明けの空のような色合いの瞳も、平民にしては見られるものだ。
だが、アーシャは他の令嬢のようにセルマンを見て愛らしく頬を染めることもなければ、セルマンの興味を惹くような話をすることもない。
まるで「別にあなたに興味はありません」というような顔で、精霊だの大地の浄化だのつまらない話を繰り返すだけだ。
そんな可愛げのない女――しかも平民上がりが妃など、まるで自分が馬鹿にされているような気がしてセルマンは我慢がならなかったのだ。
(だいたい、神殿が行う聖女の選定なんて信用できるか! どうせあの平民女が、汚い手を使って聖女の座にのし上がったに違いない……!)
代々の聖女とは違い、今回だけ平民が聖女に選ばれるなんてどう考えてもおかしい。
だから、セルマンは自分の手で正してやることにしたのだ。
(カティアは歴史ある伯爵家の娘で、優れた癒しの魔力を持っていると聞いている。どう考えても、アーシャよりも聖女の名にふさわしいじゃないか)
いずれ重臣も、民も、セルマンの選択が正しかったとわかる日が来るだろう。
だが、これ以上に周りや神殿が騒げば厄介なことになってしまうし、心優しいカティアは傷ついてしまうだろう。
(せっかく父上や神官長の不在を狙って聖女を交代させたというのに、このままでは……)
父である国王や、神殿の長である神官長は他国へ出かけており不在である。だが事態が長引けば、彼らが帰国しアーシャが汚い手を使って聖女の座を奪還しに来るかもしれない……。
その時、セルマンの頭にある考えが浮かんだ。
「そうか……だったら二度と俺の目の前に現れないように、追い出してやればいい」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべ、セルマンはさっそく準備に取り掛かった。