29 お尻の痛みは深刻です
オーガ族は耕作地の近くにキャンプを張り、交代で農作業に従事してくれている。
魔王城で寝起きするアーシャもこまめに通って、共に土をいじったりオーガ族の皆やスライムたちと遊んだりしているのだが……ここで一つ、困ったことが起きた。
「……お尻が痛い」
晩餐の場でそう零すと、真正面の席に座るルキアスが不思議そうに首を傾げた。
アーシャとルキアスは可能な限り、こうして二人で晩餐を取っている。
婚約者同士の仲睦まじい語らい……というよりは、ほとんど業務連絡のようなものだが。
「何かあったのか?」
「いえ……こう毎日毎日竜車に乗っていると、どうにもお尻が痛くてですね……」
魔王城から耕作地まではそれなりに距離がある。
歩いていては日が暮れてしまうので、竜車を貸してくれるのはありがたいのだが……やはり深刻な尻へのダメージは無視できないのだ。
「道を整備しようかとも思ったんですけど、かなり時間がかかりそうで……」
「そうか、それなら……直接魔獣に騎乗したらどうだ?」
「え、そんなことできるんですか?」
「あぁ。ただ魔獣は誇り高い生き物だ。そう簡単に乗せてはくれないだろうな。魔獣についてはファズマが詳しいから相談してみるといい」
「なるほど……」
アーシャにとって魔獣とは人間たちの暮らしを脅かす恐ろしい生き物だ。
ここ魔王ルキアスの領地にやって来て、ファズマのように魔獣を手懐ける者の存在も知ったが、自分が魔獣に乗るということは考えたことがなかった。
(でも、手懐ければ馬みたいに乗れるってことだよね? ちょっとロマンがあるかも……)
《あのパシリ四天王が役に立つのか?》などと失礼なことを言う精霊たちを尻目に、アーシャは上機嫌でルキアスに礼を言った。
四天王は魔王城の上階に個別に部屋を持っている。
というわけで、アーシャはさっそくルキアスに場所を聞いてファズマの私室を訪れた。
「ファズマさん、こんにちは。いらっしゃいますか?」
リズミカルに扉をノックすると、すぐに嫌そうな顔をしたファズマが顔をのぞかせる。
「……聖女様、なんの御用です。残念ながら私は忙しいので、くだらない用事で私の時間を奪うような真似はお控えいただきたい」
《うわ、感じ悪ぅ~》
《忙しいっていっても、どうせ誰かにパシられてるんだよ》
精霊たちのツッコミのせいでファズマの口の悪さも気にならない。
むしろ彼に同情しながら、アーシャは慎重に言葉を選んで口を開いた。
「それが、少し魔獣のことでご相談したいことがありまして」
《魔王からの命令って言っちゃえよ》
《このパシリ野郎は権力に弱そうだから逆らえませんわ!》
「えっと……魔王様に相談したらファズマさんを頼るようにアドバイスをいただきまして――」
魔王の名前が出た途端、ファズマの眉がぴくりと動いた。
「……魔王様の御頼みとあらば断わるわけにもいきませんね、中へどうぞ」
こほんと咳払いし、ファズマはアーシャを中へと招いてくれた。
《ほら、やっぱ権力に弱いだろ》
「まぁまぁ、きっと世渡りが上手いんですよ」
「聖女様、今何かおっしゃいましたか?」
「いえ、なんでもありません!」
ファズマの自室には多種多様の大きさや材質のムチ、それに猫じゃらしやボールなど動物と遊ぶためとおぼしき道具がいくつも飾ってあった。
以前目にした恐ろしい魔獣に、彼が猫じゃらしやボール投げで構ってやっている光景を想像して……アーシャはほっこりしてしまった。
「こちらへおかけください、聖女様――異様ににやにやして何なんですか?」
「いえ、ファズマさんは面倒見がいい方なんだと思いまして」
「なっ……!? べ、別に! 魔王様がおっしゃるから特別にあなたの相談に乗って差し上げてるだけですからね!?」
(私のことじゃなかったんだけどな……)
ぶつくさいいつつも、ファズマはお茶まで出してくれた。
なんだかんだで面倒見がいいのは確かなようだ。彼の分かりやすすぎるツンデレっぷりに、アーシャは思わず微笑んでしまう。




