28 それぞれの良さがあるはずです
オーガ族たちは筋肉隆々の腕には似合わぬ繊細な手つきで、丁重に種を蒔いていく。
その様子を、アーシャとバルドは二人並んで眺めていた。
「……なぁアーシャ」
「なんですか」
「その……ありがとな」
なにか礼を言われるようなことがあっただろうか……と傍らのバルドを見上げると、彼は少し照れくさそうな表情で、ぽつりと呟いた。
「ルキアスとの戦いに負けて、あいつが王になってから……自信なくしてたんだよ。俺たち」
作業に従事する同族を眺めながら、バルドは口元に笑みを浮かべていた。
「俺たちオーガ族は力が自慢の種族だ。戦闘だったら誰にも負けないつもりだった。だがルキアスにコテンパンにやられて……俺たちの存在意義って何だ? 負けた俺たちに他に何ができるんだ? って、皆口には出さないけど不安になってたはずだ。だから……なんとか皆の自信を取り戻したくて、ルキアスをぶちのめしてやりたくて……強引にお前を誘拐したのはほんとに悪かったと思ってる」
「……私は気にしてませんよ。バルドさんは誘拐犯にしては丁寧に扱ってくださいましたし」
それは紛れもない本音だった。
王太子セルマンに婚約を破棄され、粗末な小部屋に軟禁されたことを思えば、バルドの対応は丁寧すぎるほどだった。
アーシャがそう告げると、バルドはほっと表情を緩めた。
「結局またあいつに負けて、今度こそどうするか悩んでた時に、お前が声をかけてくれた。その時初めて思ったんだよ。もしかしたら俺たち、戦い以外にも何かできることがあるんじゃないかってな」
「そうだったんですね……」
アーシャはあらためて、種まきに従事するオーガ族の面々を眺めた。
「こんな細かい作業ちんたらやってられっか!」と投げ出される可能性も考えていたが、彼らはいちように晴れ晴れとした表情を浮かべており、真摯に作業に向き合っているように見える。
「……俺は、ここが俺たちの新たな居場所になればいいと思ってる」
「なりますよ。皆さんには農業のスペシャリストになっていただきますから」
力づけるようにそう言うと、バルドは屈託のない笑みを浮かべた。
「前はルキアスに負けたことが悔しくて仕方なかったのに、今は不思議とそうじゃないんだ。なんていうか……あいつには単純な力の強さだけじゃなく、上に立つ者としての『器』みたいなのがあるのかもな。俺には、それがないから負けたんだ」
「バルドさんだって、立派にオーガ族を率いていらっしゃるじゃないですか。バルドさんがいなければ、きっと皆さんがこうして協力してくれることもなかったはずです」
立つ場所は違えども、ルキアスもバルドもアーシャから見ればそれぞれの良さを持っている。
ルキアスがオーガ族を率いる光景は……あまり想像できないし、逆にバルドが魔王になったらモフクマが怯えそうだ。
バルドだからこそ、オーガ族の者たちはついてきてくれるのだろう。
そう伝えると、バルドは照れたように鼻を鳴らした。
「まぁ……あの野郎どもを統率できるのは俺くらいだからな! それはさておき、ルキアスの奴もいつかあのすかした面をぶっとばしてやる。アーシャも期待しとけよ!」
「あはは……」
どうやらバルドはまだルキアスを打ち倒すことを諦めていないようだ。
得意げに胸を叩くバルドに、アーシャは曖昧に笑った。
「大きな怪我をしないように気を付けてくださいね」
「任せろ! 俺があいつをぶっ倒してやるからな! アーシャもあいつになんかされたらすぐに俺に言えよ! ああいう奴ほど手が早くてえげつないことしたりするからな」
「そ、それは大丈夫ですよ……!」
良くも悪くも、ルキアスは今のところアーシャの聖女としての力を必要としているだけで、アーシャ自身については特に興味もないだろう。
内心ではそう思いつつも、アーシャはバルドの気遣いに感謝した。
「ありがとうございます、バルドさん。いざという時には頼りにさせていただきますね」
「おう、任せろ!」
得意げにどん、と拳で胸を叩くバルドに、アーシャはくすりと笑った。




