27 土いじりを始めます
「……で、来たのはいいが俺たちは具体的に何をすればいいんだ?」
スライムを肩に乗せたバルドが、そう問いかけてくる。
「そうですね……まずは私がある程度土壌を整えるので、皆さんには土を耕し、種や苗を植え、世話をして、作物を育てて守ってほしいんです」
ルキアスによれば、モフクマなどの力弱い種族にこの作業を任せると、魔獣に襲われ一気に食い荒らされてしまう危険があるそうだ。
その点、オーガ族なら戦闘能力も、力作業も問題ないだろう。
「もちろん、私が定期的にサポートします。ですが、主な作業はオーガ族の皆さんにお任せすることになるかと」
「あぁ、任せてくれ。力仕事なら誰にも負けないってことを証明してやるよ!」
自信満々のバルドに、アーシャは嬉しくなって頷いた。
「それじゃあ始めましょう! アース!!」
呼びかけると、土の精霊アースがふわりと姿を現す。
《今日は何? そろそろ盾役にも飽きてきたんだけど》
「き、今日は別のお仕事です! ここに畑を作りたいので、整地をお願いします!」
《ふぅん……まぁいいよ》
ぐるりと周囲を見回し、アースは年若い少年の姿には似合わない達観した笑みを浮かべる。
彼は土の精霊であり、戦闘よりも整地や工事を得意としている。
ここ最近はアーシャの盾としての出番しかなかったのが少々不満だったようだが、やっと活躍できることに本人もご満悦のようである。
《よし……解析完了。アーシャ、危ないから周りの人たちを退避させて。巻き込まれてもいいならそのままやるけど》
「いえ、避難してもらいます! 皆さん、ちょっと地殻変動が起こるのでこちらへ避難してください!」
「は? 地殻変動?」
「そうです! 巻き込まれると大変危険なのでこちらに!」
アーシャとて、もっと的確に説明したいのだが……とにかく「地殻変動」としか言いようがないのだ。
「よくわかんねぇけど……アーシャがそう言うなら信じてやるよ。野郎共! いいからこっちへ避難しろ!!」
バルドが声をかけると、オーガ族たちは半信半疑の表情でアーシャの周囲へ避難してくる。
彼らを取り囲むようにぐるりと地面に線を描いて、アーシャは頼み込んだ。
「アース、この線の内側だけは何があっても死守してください」
《了解。それじゃあ行くよ》
アースがそう言った次の瞬間、大地が大きく揺らぎ、オーガ族に動揺が走る。
「な、なんだ……!?」
「大丈夫です、線から出ないでください!」
ボコッボコッとまるで地中を巨大なモグラが這いまわるかのように、地面が忙しなく隆起や陥没を繰り返す。
「どうなってんだこれ……」
「これは、土の精霊アースの力です。アースはこうやって、土や岩石を操るのが得意なんですよ!」
聖女となってすぐの巡礼の旅で、この力を使って堰を作ったり、崩れそうな崖を補修したことがあった。
アーシャが得意げにアースの能力を説明すると、バルドは感心したように頷く。
「へぇ……よくわかんねぇけどすげーな、オイ」
「実は私も詳しいことはわからないんですけど、アースに任せておけば大丈夫です」
いつの間にか、目の前の大地には整然と水路が敷かれ、一段高くなった場所には作物のベッドとなる畝が立てられている。
「すげぇ! なんかそれっぽいじゃねぇか!!」
「さすがはアースです!」
アーシャとバルドが歓喜していると、一仕事終えたアースが戻ってくる。
《排水性は問題ないはず……。固相・液相・気相の容積割合については――》
「よっ、よくわからないけどアースが大丈夫というなら大丈夫です!」
アースがこまごまとした説明を始めようとしたので、アーシャは慌てて制止した。
できれば彼の説明を詳しく聞きたいところではあるが……説明が細かすぎてきちんと聞いていたら日が暮れてしまうし、何より高度過ぎてアーシャには十分の一も理解できそうにないのだ。
「次は……種まきですね。よし……ドライアド!」
アーシャが呼びかけると、空中からふわりと羽をたなびかせ、小さな人間の少女のような姿をした精霊が現れる。
緑の精霊ドライアド――アーシャの頼りとする精霊の一人だ。
パタパタと飛んできたドライアドに、アーシャは手のひらに乗せた野菜の種を見せる。
《……?》
「この種を増やしてほしいんです。できますか?」
《……!》
アーシャの意を察したドライアドが、種を受け取りくるりと宙を舞う。
ぽん、と種がはじけたかと思いきや……種はそっくりそのまま二つに増えていた。
更にぽぽぽん! とあちこちではじけ、どんどんと数を増やしていく。
「どうなってんだ、これ?」
「ドライアドは植物を司る精霊で、こうやって種を増やすことができるんです。更にこうしてドライアドの加護を受けた種は、とっても丈夫ですくすくと育つんですよ!」
ドライアドは気難しい精霊で、アーシャも心を許してもらうのにはかなり時間を要した。
ドライアドの住む森に足を踏み入れて、うっかり迷子になったり、ドライアドを祀る祠に毎日高級スイーツをお供えしたり……なかなか苦労したのである。
おかげで、今はこうして彼女の加護の恩恵にあずかることができる。
ぽんぽん増える種は、再びアーシャの手のひらに戻ってくる。
目の前で山のように増える種を眺めながら、アーシャはふぅ、と息を吐いた。
やがてぜぇぜぇと息を荒げたドライアドが、ふらふらとアーシャの元へ戻ってくる。
《…………》
「えぇ、十分です。ご苦労様でした」
《……!》
「わかってますよ、こちらです」
アーシャが懐から取り出したのは、アレグリア王国の有名スイーツ店の焼き菓子だ。
追放される前に買い込んでいたストックの残りである。
焼き菓子を受け取ると、ドライアドは嬉しそうにくるりと舞い、姿を消した。
「これで、準備完了です! バルドさん、一緒に種を蒔きましょう!」
「おう、任せとけ!」




