26 昨日の敵は今日の友です
数日後、再びアーシャは自身が浄化した大地に立っていた。
アーシャの姿を見つけて、ぴょんぴょんあたりを飛び跳ねていたホーリースライムたちが足元に寄ってくる。
「皆さん、私がいない間も浄化のお仕事ありがとうございます」
すり寄ってくるスライムたちを撫でていると、不意に視界に影が落ちる。
顔をあげれば、大柄の男がアーシャを見下ろしていた。
「つーわけでよろしくな、アーシャ」
彼が差し出した手を、アーシャはしっかりと握り返す。
「こちらこそよろしくお願いします、バルドさん!」
ひとまず大地の浄化に成功したのはいいが、本格的に作物を育てるとなれば当然人手がいる。
さてどうするか……とルキアスとアーシャが話し合っていた時に、アーシャには思い当る人物がいた。
かつてアーシャを誘拐したオーガ族の青年――バルドだ。
彼は多くのオーガ族を率いるリーダー的な存在。彼が協力してくれれば、ある程度の人では確保できるだろう。
そうして声をかけたアーシャに、バルドは意外にも快く応じてくれたのだ。
「アーシャには迷惑かけちまったからな。償いってことで、手伝わせてくれ」
そう言って真摯に頭を下げたバルドに、アーシャは驚いてしまった。
「よろしいんですか? バルドさん」
「あぁ、どうせ俺も野郎共も力は有り余ってんだ。アーシャなら存分に使ってくれていいぞ」
「わぁ、ありがとうございます!」
彼が協力を申し出てくれたのは素直に嬉しかった。
これで人手の問題はひとまず解決できるだろう。それに何より……。
(魔王様や私のことも、認めてくださっているんですよね……)
オーガ族を率いる彼は自信に満ち溢れ、またその自信に違わない実力の持ち主だ。
共に過ごしたのはわずかな時間だが、彼が配下のオーガ族に慕われ、信頼されていることはアーシャにもよくわかる。
そんな彼がアーシャに……そしてルキアスに協力を申し入れたのは、アーシャを誘拐した償いの意味ももちろんあるだろうが、それ以上にルキアスの治世に協力する意志の表れだとアーシャは思っている。
「あいつも少し前までは顔を合わせるたびに『今日こそお前の首を取ってやる!』とうるさかったものだが……変わったな」
上機嫌で魔王城を後にするバルドの背中を眺めながら、ルキアスはぽつりとそう呟いた。
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ、もちろん毎度返り討ちにしてやったが……君に会ったことで何か心境の変化があったんだろう。いったいどんな魔法を使ったんだ?」
「うーん、ウィンディアの沈静化の曲が効いたんでしょうか?」
首を傾げながらそう言うと、ルキアスはおかしそうに笑った。
「なんにせよ、戦いにしか向けられていなかった力を他に向けられるようになったのは喜ばしいことだ。オーガ族は驚くほど頑丈だ。存分に使い倒してくれ、聖女殿」
ルキアスの冗談とも真意ともわからない言葉を聞いて、アーシャは曖昧に笑う。
「ふふ……頼りにさせてもらいますね」
そうして、約束通りバルドはオーガ族の若者を率いてやって来てくれた。
持ち上げたホーリースライムをつつきながら、彼は感心したように呟く。
「しかしここも変わったな……。ずっと昔からいかにもな毒沼だったのに。まさかこうも綺麗になるとは……さすがはアーシャだな」
「私は何もしてませんよ、精霊たちとスライムちゃんが頑張ってくれたんです」
そう褒めると、ホーリースライムは嬉しそうにぷるん、と揺れた。
「……よく見るとけっこう可愛いな、こいつ」
「魔王城にも何匹か来てくれたんですよ。バルドさんも砦に連れて帰ったらどうですか?」
「えっ、いいのか?」
「えぇ、前に見た時より増えているので、多少連れて帰ってもらっても問題ないと思います!」
あたりを跳ねまわるホーリースライムの数は、アーシャがギガントスライムを破裂させた直後よりも増えていた。
スライムの生殖方法はよくわからないが、これだけいれば多少別の場所に移ったところで問題ないだろう。
「聞いたか野郎共! スライムが欲しい奴はどんどん持ってけ!」
「「おぉー!」」
可愛らしいベビースライムに纏わりつかれてうずうずしていたオーガ族の若者たちも、許可がでたのでこれ幸いとスライムたちを抱き上げている。
その表情はデレデレと締まりなく緩んでおり、アーシャは「可愛いは正義」がここでも通用することを実感した。




