24 魔王様の枕になります
「……ふん、少なくとも聖女と呼ばれるにふさわしい実力は兼ね備えているようですね。ただの穀つぶしならどうしようかと思っていましたが」
「ファズマさん、髪にスライムのべとべとが付いてますよ」
「誰のせいだと思ってるんですか! あなたがあんなに派手にキングスライムを爆発させなければ――」
かっこつけて声をかけてきたファズマにスライムの破片が付着していることを指摘すると、彼はぷりぷりと怒り出してしまった。
そんなファズマの説教を聞き流しながら、アーシャは満ち足りた気分を味わっていた。
(私……魔王様たちのお役に立ててるんだよね……)
セルマンはアーシャを必要としなかった。アーシャの居場所は、あそこにはなかった。
(でも、今は違う……)
ルキアスはアーシャを必要としている。
自分の力が誰かの役に立つのは、この上なく嬉しいことなのだ。
(これからも、頑張らなきゃ!)
ぽいん、ぽいんと足元に集まって来たホーリースライムたちをつつきながら、アーシャは決意を新たにするのだった。
「……後はホーリースライムに任せておけばよさそうですね。我々は一度城に戻るとしましょう」
ファズマが口笛を吹くと、すぐさま竜車がやって来る。
「帰ろう、聖女殿」
「……はい」
中へ乗り込む際に、ルキアスがアーシャに手を差し伸べる。
アーシャは少しくすぐったい思いで、その手を取るのだった。
だが、乗り込んだ瞬間、足元で何かがぽいんと跳ねた。
「あら?」
見れば、数匹のベビースライムが中へと乗り込んできてしまっている。
拾い上げて外へ出したが、すぐに再び乗り込んできてしまった。
「あらあら、どうしましょう」
「君に興味があるのだろう。城へ連れて帰ってはどうだ?」
「よろしいのですか?」
「あぁ、構わない。元々スライムならその辺をうろちょろしてるからな」
「みなさーん、魔王様の許可が出ましたよ。私と一緒に魔王城に行きますか?」
そう問いかけると、スライムたちは嬉しそうにぷるぷると震えていた。
相変わらず竜車は物凄いスピードで駆けていく。
行きと同じように、アーシャは必死で手すりを掴んで座席から振り落とされないように踏ん張っていた。
(これは……慣れるのに時間がかかりそうですね!)
口を開ければうっかり舌を噛んでしまいそうなので、余計なおしゃべりで気を紛らわせることもできない。
だがそんな時、不意に肩に重みを感じた。
(え?)
おそるおそる振り返り、アーシャは仰天してしまった。
(魔王様が……寝てる!?)
アーシャの肩に頭を預けるような体勢で、魔王ルキアスは静かに目を閉じている。
耳を済ませれば、かすかな寝息も聞こえてくる。
間違いなく、彼は今うたたねをしているのだ!
《ケッ! 振り落としてやれよ!》
《アーシャの肩を枕扱いなんて厚かましいですわ!》
「べ、別に大丈夫ですよ! 魔王様はお疲れでしょうし、このままにしておきましょう」
《ふ~ん、アーシャもまんざらでもないって感じ?》
《なんか嬉しそう……》
「そんなことありましぇっ……! 痛い……」
恥ずかしさのあまり反論しようとしたら、うっかり舌を噛んでしまった。
ジェスチャーだけで「しー!」と精霊たちを宥め、アーシャは再び口を閉じる。
精霊たちのざわめきも、とんでもない竜車のスピードも意に介さず、相変わらずルキアスは眠っていた。
(よくこの状況で寝れますね、さすがは魔王様……)
アーシャには中々想像もつかないが、魔王という立場はきっと色々と苦労もあるのだろう。
たとえ短時間でも、そんな彼が休息をとれるのならアーシャなど喜んで枕になろうではないか。
(おやすみなさい、魔王様……)
肩に感じる重みと体温をどこか心地よく感じながら、アーシャは口元が緩むのを抑えられなかった。




