22 はじめまして、ユニコーンの赤ちゃん
「うーん、あなたのお父さんかお母さんを呼んでもらえませんか?」
《ピュイー!》
一応交渉してみたが、赤ちゃんは「舐めるな」とでもいうように不満げな声をあげる。
赤ちゃんといえどもプライドは一人前。まったく引く気はないようだ。
《まあまあ、とりあえずやってみればいいんじゃない? ね?》
《ピュイ!》
アクアの言葉に、ユニコーンの赤ちゃんは嬉しそうにぶんぶんと尻尾を振った。
「そうですね……」
最初からできないと、役立たずだと決めつけられることほど悲しいことはない。
アーシャは屈みこみ、ユニコーンの赤ちゃんの頭を撫でた。
「初めまして、私はアーシャです。あなたの力を貸していただけますか?」
《ピュイ!》
ユニコーンの赤ちゃんは「まかせろ」とでもいうように、アーシャの手のひらにコン、と角を押し当てた。
ユニコーンにとって、額の角はある意味心臓よりも大事な場所だ。
その場所を触れさせるというのは、相手を信頼しているという意味に他ならない。
ユニコーンの赤ちゃんの気合を感じ取り、アーシャは微笑んだ。
「それじゃあ、始めましょう! アクア!」
《はいはーい!》
呼びかけると、水の精霊アクアがアーシャのもとにやって来て、その姿を変えた。
一瞬のうちに彼女の姿は、透き通る水のような美しい青の弓へと姿を変えていたのだ。
アクアは優れた浄化の力を持つ精霊だ。そっと弓を一撫でして、アーシャは天に向かって弓を引いた。
そして、一気に矢を放つ。
射出された矢は雲を突き抜けて飛んでいき、やがて見えなくなった。
だが、その直後……。
「これは……雨?」
「……ただの雨ではないようだな」
辺り一帯に、光の雨が降り注いだ。
驚いたようなファズマを尻目に、ルキアスは空を見上げてにやりと笑う。
アーシャも空を見上げ、微笑んだ。
「これは、アクアの降らせた浄化と癒しの力を持つ特別な雨です」
降り注ぐ雨は優しく、すべての穢れを押し流してくれるようにも感じられた。
《ピューイ!》
光の雨を浴びて、ユニコーンの赤ちゃんが嬉しそうに駆け回る。
ユニコーンの足元にも光の道ができ、大地に染み込んだ瘴気をゆっくりと浄化していく。
降り注ぐ雨と、駆け回るユニコーンの双方の力で、徐々に大地が蘇りつつあるのをアーシャは感じていた。
だが、その時異変は起こった。
《アーシャ、後ろだ!》
フレアの慌てた声が聞こえたかと思うと、大地がぐらぐらと大きく揺れた。
慌てて背後を振り返ったアーシャの目の前で、毒沼の中から何か巨大な物体が飛び出してくる。
ぼよん、と飛び出した強大な物体は、アーシャの目の前に勢いよく着地した。
ぶよぶよとした、巨大なゼリー状の真ん丸な体の――。
「これは、ギガントスライム!?」
背後からファズマの驚いたような声が聞こえ、アーシャは身構えた。
よく見るとギガントスライムには顔があり、どうやらかなり怒っているようだ。
《毒性のスライムですわ!》
《気を付けろアーシャ! こいつ結構な強敵っぽいぞ!!》
目の前のギガントスライムの放つ瘴気は強い。おそらく、この一帯の主のような存在なのだろう。
「……なるほど、私が浄化を行ったのが気に入らないのですね」
このあたりの環境に合わせてか、目の前のスライムはすっかり毒性に染まっているようだ。
そんなスライムにとって、アーシャの降らせた浄化の雨は身を焼くような苦痛を感じるのかもしれない。
だが、たとえそうだとしてもアーシャも退くわけにはいかないのだ。
「正々堂々と勝負を付けましょう!」
《任せろ!》
火の精霊フレアが剣へと姿を変え、アーシャは剣を構える。
ギガントスライムは一瞬たじろぐようにぷるんと揺れたが、覚悟を決めたかのようにぽいん、と跳ねあがり、アーシャを押しつぶそうとするかのようにのしかかって来た。
フレアに導かれるように、アーシャは剣を振るおうとした。
だが、その前に――。
《ピュイー!》
ものすごい勢いで突進してきたユニコーンの赤ちゃんが、ぷすり、と小さな角をギガントスライムへと突き刺す。
次の瞬間、ギガントスライムの体は爆発した。




