21 シャキッと浄化をはじめます
馬車は荒野を進み、やがてたどり着いたのは広大な湿地帯だった。
ただアーシャの知る湿地と違うのは、あちこちに毒々しい色の沼ができていることだろうか。
《うわー、いかにもHP削られそうな感じじゃねぇか》
《アーシャ、歩くときは注意するのですよ》
毒沼からは、いかにも健康に悪そうな色の煙が立ち上っている。
感じるのは強い瘴気。並の人間なら、ここに近づくだけで倒れてしまうだろう。
「文献によると、遥か昔は肥沃な大地だったそうだ。いつしか瘴気に侵され、こんな風になってしまったようだが」
竜車が止まり、ルキアスがぼそりと呟いた。
「……となると、私が浄化するのはこの場所でよろしいですか?」
「あぁ、頼む」
ルキアスは真剣な顔で頷いた。
アーシャは気を引き締め、意を決して竜車を降りる。
「これはひどいですねぇ……」
周囲を見回し、アーシャは思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
聖女になったばかりの頃、巡礼で各地の瘴気を浄化して回ったことがあった。
だが、ここは今まで見た場所とは比べ物にならない。
アーシャとて、少し気を抜けば倒れてしまいそうになるほどだ。
「……いかがですか、聖女様。まぁ、無理はなさらない方がよろしいかと。あなたは脆弱な人間なのですからね」
ファズマが上から目線でそう告げる。
すると、水の精霊アクアがぷんぷんと腹を立て、土の精霊アースも同調する。
《うわー、やな感じ! パシられ四天王のくせに!!》
《パシられすぎてストレスたまってるんじゃない?》
「まぁまぁ、きっとファズマさんは私のことを心配してくださっているんですよ」
「!? ち、違いますよ! 私はただあなたに倒れられても迷惑なので、さっさと尻尾を巻いて帰った方がいいのではないかと忠告して差し上げてるだけです!」
《めっちゃ早口じゃねぇか》
《お手本のようなツンデレ具合ですわね》
「ありがとうございます、ファズマさん。でもご安心ください。一宿一飯の御恩のため、きちんとやり遂げてみますので」
アーシャは既に魔王城で世話になっている身なのだ。ここで働いて返さねば。
「お任せください、魔王様。私がこの地をシャキッと浄化してみせます」
自分を鼓舞する意味でもそう宣言すると、ルキアスは満足げに頷いた。
「期待している、聖女殿」
彼の表情からは、アーシャへの信頼が感じ取れた。
彼はアーシャならこの地を浄化していると、信じてくれているのだ。
(だったら、失敗するわけにはいきませんね!)
「アクア、お願いします」
呼びかけると、水の精霊アクアが得意げに空中でくるりと回った。
《ご指名いただきましたー♡ でもこの広さだと私一人じゃ大変だから、お手伝いが欲しいかも》
「お手伝いですね、わかりました」
アーシャは精神を集中させ、一心に祈る。
(浄化が得意な精霊……そうだ!)
「来てください、ユニコーン!」
アーシャの声に応えるかのように、空中に眩い光が生じ、そこから飛び出してきたのは――。
《ピュイ?》
愛らしいつぶらな瞳に、ピカピカとの角を持つ……アーシャの膝くらいの大きさしかないユニコーンだった。
ユニコーンはぴょんぴょん跳ねながら、嬉しそうにアーシャの足元にすり寄ってくる。
なんとも愛らしいユニコーンの登場に、思わず頬が緩んでしまう。緩んでしまうのだが……。
「……あれ? ユニコーンってこんなに小さかったでしょうか?」
《そういえば、もうすぐ赤ちゃんが生まれるって前言ってたかも》
《連名でお祝いでも贈っとくか》
なるほど、どうやらこの子はユニコーンの赤ちゃんのようだ。
前に呼び出した時は立派な大人のユニコーンが来てくれたのだが、どうやら今日は赤ちゃんの方が来てしまったようだ。




