20 魔王城は人手不足なのかもしれません
朝食を食べ終わるとさっそく瘴気の浄化に向かうことになり、アーシャはルキアスと共に魔王城の外へ出た。
エントランスを出たところに、翼を持たず地上を走るタイプの竜が引く馬車(?)のようなものがとめられていた。
「あっ、ファズマさん! おはようございます!!」
竜の引く馬車の御者席に座しているのは、アーシャも何度か顔を合わせたことのある魔族の一人、ファズマだった。
「おはようございます、聖女様。オーガ族の砦から五体満足で帰ってくるとは中々の強者ですね。とても人間の若い女性だとは思えません」
「えへへ、それほどでも」
《アーシャ、たぶん褒められてないと思うぞ》
火の精霊、フレアの呆れた呟きもどこ吹く風で、アーシャはじっと目の前のファズマを観察した。
ファズマは手綱を引きながら、アーシャの傍らの魔王の気配に怯える騎竜を宥めていた。
「もしかして、ファズマさんが連れていってくださるんですか?」
「残念ながら、私の他に魔王様の乗った竜車を操れるような者はおりませんからね」
そう言って、ファズマは得意げにかちゃりとメガネを掛けなおしたが――。
《おい、こいつ四天王の癖にパシられてんぞ》
《門番もいないし人手不足なんじゃない?》
《世知辛い世の中ですわね……》
《雑用四天王、哀れ……》
そんな精霊たちのひどい評価も、幸いなことにファズマの耳には届いていないようだ。
「……お疲れ様です、ファズマさん。お辛い時は私に言ってくださいね。愚痴くらいは聞きますから」
「……聖女様、なぜそんなに憐れんだ眼を私に向けるのです?」
「いえいえ。魔王様、そろそろ行きましょう」
「そうだな。ファズマ、出発だ」
「……承知いたしました、陛下」
いまいち納得していないようなファズマに軽く一礼し、アーシャは馬車……ではなく竜車へと乗り込む。
扉が閉まった途端、なんと竜車は物凄い勢いで急加速し始めたではないか。
「ふぎゃ!」
うっかりアーシャは座席から吹っ飛び、壁に激突しそうになったが――。
「済まない、警告を忘れていた。竜車はこのように激しく動くので、慣れないうちは横の手すりを掴んでいた方がいい」
「あ、ありがとうございます……」
背後からルキアスが引き戻してくれたおかげで、無様に壁に激突するような真似は避けられた。
ルキアスはそのまま、支えるようにアーシャを座席へと戻してくれる。
なるほど。確かに彼の言った通り、座席の横には手すりがついている。
竜車は整備されていない荒野を馬車の数倍のスピードで進んでいく。
おかげでごつごつとした意志の上を通るたびに車体は跳ね、アーシャの体も浮く。
なんとか手すりを掴んで飛ばされないようにしているが、正直尻が痛い。
(魔王様はいつもこの竜車に乗っているのかしら。痔になったりしないのかな……?)
ちらりと隣を窺うと、なんとルキアスはアーシャとは違い微動だにしていなかった。
(さ、さすがは魔族の王……!)
感嘆の眼差しを向けるアーシャに、ルキアスは不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「いえ、魔王様はすごい御方だと思いまして。私もお尻の筋肉を鍛えますね!」
「……? よくわからないが頑張ってくれ」
いまいち意思疎通できていないながらも、穏やかに微笑み合うアーシャとルキアス。
そんな二人を見て、精霊たちはやれやれと肩をすくめていた。




