2 軟禁されました
「本当に申し訳ございません、聖女様。国の礎たる聖女様をこのような狭い部屋に閉じ込めるなど――」
「いいえ、構いませんよ。野宿に比べれば、屋根があるだけで十分恵まれてますから」
にっこりと笑ったアーシャの言葉に、見張りの兵士は何度も何度も頭を下げた。
アーシャが連れてこられたのは、城内の一室だった。最低限の家具しかない質素な空間だが、換気のできる窓もあれば横になれるベッドもある。
先ほど兵士に告げた言葉は別に強がりでも何でもなく、アーシャの本心だった。
巡礼の旅の途中では、険しい自然の中で野宿をすることも何度となくあった。
少なくとも屋根のある場所で寝台に横になって寝られる時点で、アーシャにとってはこの上なく恵まれた環境だと言えるのだ。
「さて……と」
入口の扉を慎重に閉めると、アーシャはパンパンと両手を叩いてみせた。
「みなさん、お話があります」
《よし来た! 焼き討ちなら任せろ!!》
《お城の周りにぐるりと壁を作って、お水をドバーッと入れるのはどうかなぁ?》
《コスパよさそう……》
《いいえ、わたくしの竜巻で跡形もなく吹っ飛ばして差し上げますわ!》
「ステイステイ。お願いだから私の話を聞いてください」
姿を現した精霊たちが、口々に恐ろしげな王太子暗殺計画を口走る。
そんな彼らを宥めながら、アーシャはため息をついた。
「勝手に王太子殿下や新たな聖女様を傷つけたら駄目ですよ。お二人とも、国の未来に必要な方なのですから」
《はぁ? あんな奴らいなくなった方がいいだろ!》
《存在、不要……》
「駄目です。勝手に手を出したら、皆のこと嫌いになっちゃいますから!」
ビシッとそう告げると、途端に精霊たちは慌てだした。
《えぇ、やだぁ~! アーシャ、嫌いにならないでぇ!!》
《……仕方ありませんわね。アーシャがそこまで言うのでしたら、公衆の面前でスカートをめくりあげる程度で手を打ちますわ》
(まぁ、そのくらいならいいかな……)
わいわいと騒ぐ精霊たちを見て、アーシャはくすりと笑う。
突然聖女の座を奪われ、更には王太子の不興を買いこんなところに閉じ込められている。
傍から見たら絶望的な状況かもしれないが、アーシャが落ち着いていられたのは、やはり守護精霊たちが傍にいてくれるからだろう。
《アーシャ! あのクソ王子をぶっ飛ばしたくなったらいつでも言えよ! 俺が右ストレートを決めてやる!!》
勇ましくそう言ったのは、火の精霊フレア。
燃えるような赤髪の青年の姿をした彼は、どんと来いとでもいうように自らの胸を叩いてみせた。
《まったくですわ! 王族もしばらく見ない間に随分と下劣な輩になったようで……見るに堪えませんわ!》
ぷりぷりと怒っているのは、風の精霊ウィンディア。
薄緑の長い髪を風になびかせる美女の姿をした彼女は、アーシャの境遇にぷりぷりと怒っている。
《アーシャ、寝る前にスキンケアしないと駄目だよ。保湿したげるね!》
嬉しそうにアーシャの膝の上に乗って来たのは、水の精霊アクア。
青髪の幼い少女の姿をした彼女は、嬉しそうにアーシャの肌に水の加護を施してくれる。
《この部屋、壁の作りが雑……。補修……》
部屋の隅をチェックしながらそう呟くのは、土の精霊アース。
茶髪の少年の姿をした彼は、土の加護で壁の隙間を補修してくれているようだった。
「……ありがとうございます。みんなが居てくれるから、私は平気ですよ」
彼らの心遣いを嬉しく思いながら、アーシャは微笑んだ。
アーシャはここアレグリア王国で生まれた、平民の娘だ。
幼い頃に流行り病で両親を亡くし、孤児院に預けられることになった。
……その頃からだった。
こうして、精霊の存在を感知し、自由に言葉を交わすことができるようになったのは。
精霊たちは慣れない環境で人知れず泣いていたアーシャに話しかけ、励ましてくれた。
精霊と交流することの重大さなど知らなかったアーシャは、「あたらしいお友達ができた!」と無邪気に喜んだものだ。
アレグリア王国は山々に囲まれた小国で、厳しい環境の中でも遥か昔より精霊の加護を頼りに人々は暮らしている。
そのため、アーシャのように精霊の声を聞いたり姿を見ることができる者は重宝されているのだ。
特に「聖女」と呼ばれる優れた力を持つ女性は、王家に妃として迎えられるほど尊重されてきた。
アーシャが「あたらしいお友達」のことを話すと、孤児院の院長はアーシャの才を見抜き神殿へと紹介してくれた。
アーシャは神殿に使える巫女となり、十年ほど修練を積み、遂には平民でありながら聖女選出の候補にまで上り詰めたのだ。
通常聖女の称号を得るのは、高貴な血を継ぐ名門貴族の娘というのが慣例だった。
聖女になるということは、王家に迎えられる――すなわち、美貌の王太子と名高いセルマンの妃となるというのと同義だ。
貴族令嬢たちはこぞって聖女の座を目指していたが……実際に選ばれたのは、平民出の巫女であるアーシャだった。
貴族令嬢たちからは陰口を言われたり、嫌がらせを受けたりもした。
セルマンも平民出のアーシャが気に入らないようで、就任早々厄介払いのように巡礼に送られてしまったのだ。
国の、民のために力を尽くすのは苦ではなかったが、アーシャにとって「聖女」の称号はいささか荷が重かったのかもしれない。
セルマンの突然の宣言も、ある意味聖女の役目から解放されたと思えば気が楽だ。
(あとは王太子殿下とカティア様に任せて……私はゆっくりごろごろしちゃいますね!)
本来なら隙間風の吹き付ける、肌寒い部屋だったのだろう。
だが精霊たちのおかげで、室内の空気は快適に保たれている。
アーシャはうーん、と伸びをして、ベッドに横になると……ものの2秒ほどで快適な眠りを得たのだった。