19 聖女の出番がやって来るようです
アーシャ(とモフクマ数匹)を抱えてオーガ族の砦から魔王城まで飛んできたのだ。
普通に考えれば、疲労困憊で当然だろう。
「大変申し訳ございませんでした」
彼の手を煩わせてしまった申し訳なさを込めて謝罪すると、魔王は再び不思議そうに首を傾げた。
「なぜ謝る?」
「魔王様はわざわざバルドさんのところまで私を迎えに来てくださったじゃないですか。それで、そんなにお疲れだと思うと申し訳なくて……」
「……俺は、そんなに疲れているように見えるのか?」
「えぇ、色気が駄々洩れ……じゃなくて! ずいぶんお疲れのように見えます!」
うっかり漏れかけた本音を慌てて誤魔化すと、魔王ルキアスはくすりと笑った。
「君が申し訳なく思う必要はない。これは……ただ単に眠いだけだ」
「えっ……?」
「いや、君がバルドに誘拐された時、俺は普通に寝ていたんだ。すぐに迎えに行けなくて済まなかった。君がいないと報告を受けたのは夕方になって起きてからだった。これではいけないと思い、君に合わせて朝に起床し夜に寝る生活に変えようと思っているのだが……」
なるほど。つまり今の彼は、普通の生活を送る者が真夜中に眠る直前のような状態なのだろう。
「眠気覚ましに一晩中夜風にあたっていたからな。少々身だしなみが不格好でも許してくれ」
「いえ、それは構わないのですが……あの、無理はなさらないでくださいね……?」
おそるおそるそう言ってみたが、ルキアスはかぶりを振った。
「大丈夫だ、問題ない」
ぼぉっとした様子の魔王からは問題しか感じられなかったが、アーシャは深く突っ込むのをやめた。
なんにせよ、彼がアーシャのために生活リズムを合わせようと努力してくれることはありがたいのだから。
ちょうどモフクマが朝食を運んできてくれたので、アーシャはうきうきと手を付け始めた。
バターもジャムもないがさがさの固いパンに、謎の野菜らしき葉っぱ、やたらと大きな目玉焼きに、謎の木の実。
(文句は言えませんが、原始的ですねぇ……)
じっと皿の上のメニューを見つめていると、ルキアスが声をかけてくる。
「人間が好みそうな物を用意したつもりなのだが……気に入らないか?」
「いいえ、喜んでいただきます!」
たとえどんな物であろうとも、出された料理に文句をつけるなどアーシャのプライドが許さない。
もともと神殿で暮らしていた時は清貧に務めていたし、巡礼の旅の間は野草を齧ることもあったのだ。
よっぽどお腹を壊す物でない限りは、おいしく頂ける自信がある。
パクパクと食事を進め始めたアーシャを見て、ルキアスは満足げに目を細めた。
「さて、聖女殿。まずは君に、今のこのあたりの情勢について説明しておこう」
「ふぁい」
《こらアーシャ! 口に食べ物を入れたまま喋ってはいけませんわ!》
ウィンディアの注意を受けつつ、アーシャは慌てて頷いた。
そんなアーシャの様子にくすりと笑うと、ルキアスはゆっくりと口を開いた。
「君が知っているかどうかは定かではないが……魔族という生き物は、人間よりよほど闘争本能が強い。古来より、魔族同士で争いを繰り返してきた」
その情報は、断片的にアーシャも知っていた。
――魔族に捕まれば、あっという間に殺されてしまう。
魔族の生息領域に接するアレグリア王国では、子どもでも知っている常識だ。
アーシャが頷いたのを確認して、ルキアスは続けた。
「そしてこの地は、人間の国よりもずっと瘴気が強い。魔族は瘴気にも耐性があるが、植物などは瘴気にやられてしまうものも多い。おかげで、我らは常に食糧不足という問題を抱えてきた。食料が不足すれば魔族同士の争いは激化し、負のスパイラルに陥ってしまうというわけだ」
「それは大変ですね……」
アーシャは八割がた平らげた朝食の皿を見つめた。
ずいぶんと原始的なメニューだと思ったものだが、きっとアーシャのために融通を聞かせてルキアスが用意してくれた物なのだろう。
きっとこれだけの物を揃えるのも、大変だったはずだ。
アーシャは心の中で、ルキアスに感謝した。
「まず君に頼みたいのは、この地の瘴気の浄化だ。瘴気の浄化に成功すれば、作物を育て食糧難を解決に導くことができるかもしれない」
「私にできるかどうかはわかりませんが……精一杯、助力いたします」
コリコリと木の実を噛みつぶし、アーシャは深く頭を下げた。




