18 魔王様はお疲れのようです
「うーん……今日もいい天気ですね!」
バルドによる誘拐事件の翌朝、アーシャはいつものようにスッキリとした目覚めを迎えていた。
昨夜、魔王城へ帰り着いたルキアスはアーシャを直接部屋へと送り届けてくれた。
胸がドキドキして眠れない……かと思いきや、意外にも爆睡してしまった。
お腹はぐうぐうと空腹を訴えている。
朝食を貰いに食堂へ行こうかと考えていた時、部屋の扉が開きトテトテとモフクマが入って来た。
「聖女様、起きてますクマ?」
「起きてますクマよ~」
にっこり笑ってモフクマを抱き上げると、モフクマはぶんぶんと腕を振って嬉しそうに告げた。
「魔王様が朝食をご一緒したいとご所望クマ!」
「えっ……!?」
アーシャの胸がどきりと高鳴る。
それと同時に、今まで黙っていた精霊たちが飛び出してきた。
《なんだと!? さっそく下心出してきやがったかあいつ!》
《いきなり彼氏気取りですわ!》
《別にいいんじゃない? 一応婚約者でしょ》
《前の奴より、だいぶマシ……》
「ま、魔王様はただのご厚意ですよ! ほらほら、行きましょう!!」
騒ぎ立てる精霊たちを宥めながら、アーシャはほっと安堵していた。
(魔王様……私のこと、気にしてくださっているんですね……)
少なくとも、婚約直後に厄介払いのように遠ざけられた前婚約者セルマン王子と比べると、彼はアーシャのことを尊重してくれているのだろう。
(よし、私も頑張らなくては!)
ぱちんと両頬を軽くたたいて、アーシャは気合を入れなおすのだった。
モフクマに案内されたどり着いたのは、シックな雰囲気の応接室だ。
部屋の中央のテーブルでは、既に魔王ルキアスが席に着き、ぼぉっとどこかを眺めている。
「おはようございます、魔王様!」
「あぁ、おはよう」
元気よく挨拶したアーシャに対し、魔王ルキアスは微笑を浮かべて応えてくれる。
アーシャが席に着くと、モフクマたちが忙しなく給仕を始めてくれた。
そんなモフクマたちを眺めながら、アーシャはちらりと魔王の方へ視線をやる。
何故か今の彼は服の胸元を大きく開け、普段より髪が乱れている。
初めて会った時の威圧感は鳴りを潜めており、どこかけだるげな空気を纏う彼は、なんというか……。
《ふーん、えっちじゃん》
《卑猥物陳列罪で逮捕するべきですわ!》
《見るなアーシャ! 汚れるぞ!!》
「そそそ、そんなこと思ってませんよ!」
とんでもないことを言い始めた精霊たちに慌ててそう叫ぶと、魔王ルキアスは不思議そうに首を傾げた。
「何かあったのか?」
「いえ、精霊たちが少しおしゃべりを……。あの、魔王様。魔王様には精霊たちの声って、聞こえていらっしゃいます……?」
そういえば初めて会った時、彼は精霊たちの存在を確かに感じ取り結界のようなもので弾き飛ばしていた。
となると、今の会話も聞こえていたのだろうか?
「わ、私はそんなこと思ってませんからね!?」
とりあえず弁解しておいたが、魔王ルキアスは気にするなとでも言うようにくすりと笑った。
「いや、俺には意味が理解できない音のように聞こえるだけだ。何か言っているというのはわかるが、その内容まではわからない」
(た、助かった……!)
大変失礼なことをのたまう精霊たちの話は聞かれていなかったようで、アーシャは心の底から安堵した。
泣く子も黙る魔王陛下を「えっちじゃん」などと評していたと知られれば、この場で消し炭にされてもおかしくはなかっただろう。
まぁアーシャ自身も、溢れ出る彼の色気に動揺しなかったといえば嘘になるのだが……それは置いておこう。
(それにしても……)
ひとまず窮地を脱したアーシャは、再びちらりと魔王を観察してみた。
やはり彼は、どこか疲れたような顔をしている。
(私を、助けてに来てくださったから……?)




