16 誰かが迎えに来てくれたなら
「……悪かったな。いきなり熱くなっちまって。俺の悪い癖だ」
「いえいえ、思いとどまって下さり助かりました」
精霊の力がこもった竪琴の音色の影響で、ひとしきり歌い疲れたオーガ族は大人しくなった。
今は座布団の上で丁寧にもてなされ、アーシャは上機嫌で渡された木の実にかぶりつく。
「わぁ……ちょっと変わった味ですね。でもおいしい!」
相変わらず人質という立場とは程遠い明るい笑顔を浮かべるアーシャに、バルドは大きくため息をつく。
「まったく、肝が据わった聖女様だな……。それはそうと……さっきの話だと、お前はほぼ強制的にルキアスの嫁にされたわけか」
「別に強制でもないですよ。衣食住は保証してもらえましたし、合意の上です」
「けどよ……なんていうか、結婚ってそういうもんじゃねぇだろ。お前、ちゃんとルキアスに大事にされてんのか。てっきりすぐお前を取り返しに来るかと思ったが全然来ねぇし」
こちらを気遣うようなバルドの言葉に、アーシャは緑茶をすする手を止めた。
いつの間にか日が暮れて、砦内はぼんやりとしたランプの灯りに包まれている。
アーシャが誘拐されてから、気が付けば随分と時間が立っていたようだ。
だが、アーシャを助けに来る者は、誰もいない。
「……魔王様は、このあたりの王様なのでしょう? 私一人に気を留めている時間なんてありませんよ」
アーシャはそう言って微笑んだ。
…………本当は、少しだけ期待していたのだ。
幼い頃に読んだ絵本の中では、悪者に誘拐されたお姫様はすぐに勇者や王子様に助けられるのがセオリーだ。
――自分のために、誰かが迎えに来てくれる。
そんなシチュエーションに、アーシャはずっと憧れていた。
孤児院で暮らしていた頃、仲良くなった近所の子どもたちと一緒に遊んだことがあった。
日が暮れるにつれて、他の子は親が迎えに来て嬉しそうに手を繋いで帰っていった。
一人、また一人と子どもたち迎えに来た家族と共には家路につく。
だが、アーシャのもとには誰も来てくれなかった。
真っ暗になっても一人で膝を抱えていたアーシャは、やがて諦めて一人で孤児院へと戻ったものだ。
仕方のないことなのだ。アーシャの両親は亡くなってしまったし、孤児院の先生は常に一人一人に向き合えるほど暇じゃない。
アーシャを特別に気にかけてくれるような者は、誰もいないのだ。
精霊たちは傍にいてくれた。いつもアーシャを慰めてくれた。
だが、それでも……誰かが迎えに来てくれるのを、期待してしまうのだ。
そんな思いを押し隠して、アーシャは微笑んだ。……微笑んだ、つもりだった。
だが、目の前のバルドはアーシャを見て、苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「お前……」
彼は俯いて逡巡したような様子を見せた後……急に力強くアーシャの手を取った。
「わっ、なんですか!?」
「お前、ここに残れ。俺だったらお前にそんな顔はさせない! 俺が――」
「それは困るな」
急に、頭上から落ち着いた声が響く。
聞き覚えのある声に、アーシャが上を見上げた途端――。
「ひゃあ!」
急に浮遊感に襲われ、アーシャはとっさに目の前の何かにしがみついた。
おそるおそる目を開けると、そこには――。
「遅くなって済まなかったな、聖女殿」
「魔王様!?」
アーシャを横抱きにするようにして、魔王ルキアスがこちらを見下ろしている。
まさか魔王本人がここにやって来るとは思っておらず、アーシャはぽかんとしてしまった。
明日から別の連載(シンデレラの姉ですが~)を再開予定なので、こちらの作品と交互に投稿していこうと思います。
こちらは隔日投稿になりますがよろしくお願いします!




