14 いきなり誘拐されました
《おい、なんか来てるぞ!》
《ヌーの大群かしら?》
《わわっ、どうしよう!》
《迎撃、する……?》
「そうですね……今の私は、魔王城の門番ですから」
魔王城を襲う脅威は、きっちり防がなくては。
「アース、盾をお願いします!」
《了解!》
大地の精霊、アースの手がそっとアーシャの手に触れたかと思うと……次の瞬間、彼は城門を覆いつくすほどの巨大な盾に姿を変えていた。
「さぁ、迎撃です!」
大群が盾にぶつかる瞬間を狙い、アーシャは一気に盾を突き出し、大群を押し返した。
「ぎゃん!」
「うひぃ!」
アーシャのシールドバッシュに、ぶつかった者たちが勢いよく吹っ飛ばされていく。
よく見ると、どうやらやって来たのは魔族の軍団のようだった。
「オイオイオイ、あのケルベロスがいなくなったと思ったら、新しい門番なんて雇ってたのかよ!」
巨大な盾の向こうから、驚愕したような声が聞こえる。
感じるのは強い威圧感。どうやら、敵の大将のお出ましのようだ。
「ありがとうございます、アース」
感謝の意を込めて盾に触れると、アースが元の精霊の姿へと戻っていく。それと同時に、盾が消え向こうの姿を見ることができた。
「……え? 女?」
そこに立っていたのは、ぽかんとした表情の魔族の青年だった。
かなりの長身で、頭上には小さな二本の角が生えている。見たことのない種族だ。
「初めまして。ただいま門番を務めております、アーシャと申します」
とりあえずそう名乗って礼をすると、青年もつられたように頭を下げた。
「あっ、俺はオーガ族の族長の息子のバルドっす……」
「バルドさんですね。ようこそ魔王城へ。ご用件をお伺いいたします」
「それじゃあ魔王に取り次ぎを……じゃなくて! なんなんだよお前!」
「私は門番のアーシャです」
きょとんとしたアーシャが首をかしげると、バルドと名乗った青年は気まずそうに頭をかいた。
「まったく、ルキアスの奴が人間の聖女を娶ったなんて聞いて来てみれば、やたらと強い門番はいるし……どうなってるんだよ」
「あの……」
言うべきかやめるべきか迷ったが、このまま知らんぷりをするのも気が引ける。
アーシャは意を決して口を開いた。
「その……魔王様と婚約した聖女も私です」
「は?」
「つまり今の私は、聖女兼門番なのです」
「いやなんでだよ!」
バルドは信じられないといった様子で頭を抱えた後……なぜかおかしそうに笑いだした。
「まぁいいか。あんたが、ルキアスの嫁の聖女なんだな?」
「正確には結婚していないので、嫁という表現にはいささ不正確な気もしますが……まぁ、そう思っていただいて構いません」
アーシャがそう答えた途端、バルドは急にアーシャの腰のあたりを掴んだ。
「へ? ……ひゃあ!」
急激な浮遊感に、アーシャは思わず悲鳴を上げてしまった。
なんとバルドは、掴んだアーシャをそのまま持ち上げるようにして、荷物のように肩に担ぎあげたのだ。
「悪いな、聖女。あんたに恨みはないが我慢しろよ」
「あの、何を……?」
「俺が、これからあんたを誘拐するんだ」
そう言ってにやりと笑ったバルドは、大きく息を吸って魔王城めがけて大声で叫んだ。
「聞け! 魔王ルキアス! お前の嫁はこの俺バルドが預かった!! 返してほしければ正々堂々と俺と勝負しろっ!!」
「ひぇっ!」
バルドの大声が至近距離で鼓膜にぐわんぐわんと響き渡り、アーシャはくらくらしてしまう。
「ずらかるぞ、野郎ども!!」
バルドは近くで倒れていた魔族たちにそう声をかけると、今度は魔王城に背を向けて勢いよく走り出した。
……アーシャと、アーシャの足元にくっついていた数匹のモフクマを抱えたまま。
《ちょっとアーシャ! どうするの!?》
《誘拐されてるよ……》
《すぐに反撃を――》
「いえ、待ってください」
すぐさま剣に姿を変えようとしたフレアを、アーシャは慌てて引き止めた。
《アーシャ、何か策が……?》
期待に満ちた目でこちらを見つめるウィンディアに、アーシャはにっこりと笑ってみせる。
「実はこうやって誘拐されるお姫様ポジションに……ちょっと憧れてたんです。だからもうちょっと人質気分を味わいたいなー、なんて」
《アーーーシャ!》
呆れたような精霊たちの声を聴きながら、アーシャは魔王城の門に残ってぴょんぴょん飛び跳ねるモフクマたちに笑顔で手を振るのだった。




