12 魔王城での生活が始まりました
翌朝、すっきりと目覚めたアーシャは……困っていた。
「そういえば私、何をすればいいんですか?」
魔王ルキアスには「力を貸してほしい」と言われていたが、具体的に何をすればいいのだろう。
《別に何かしろって言われたわけじゃないんでしょ? ごろごろしてればいーじゃん!》
《ふて寝、最高……》
「いやいや、いくら何でもただ飯食らいはまずいですよ!」
魔王はアーシャに利用価値を見出して、婚約者という立場と衣食住を提供してくれているのだ。
ごろごろしてばかりいたら叩きだされてしまうかもしれない。
そうなると再びご飯の心配をしなくてはならない。それは困るのだ。
とりあえずその辺でふわふわしていたモフクマを抱き上げ、「魔王に会いたい」と伝えると……。
「まおうさまはお休み中クマ」
「あれ、もう朝ですよ?」
「夜行性クマ!」
「それは盲点でした……」
まさか眠っている魔王を叩き起こすわけにもいかないだろう。
かくなる上は……。
「なら、今日はモフクマさんのお手伝いをさせてください!」
「いいクマー!」
ぴょん、と胸元に飛び込んできたモフクマを抱っこして、アーシャは意気揚々と自室を飛び出した。
「わぁ~、昨日は気づかなかったけどたくさんのモフクマさんが働いてるんですね~」
魔王城には多くの魔族が滞在しており、アーシャが前を通りかかるとギロリと恐ろしい目つきで睨みつけてくる。
まぁ、アーシャがにっこり微笑んで礼をすると、なんとなく気まずそうな顔をして視線を逸らすのだが。
それと同時に、いたるところでモフクマが雑用に奮闘する姿を目にすることができた。
あちこちに置かれたガーゴイル像を磨くモフクマ、ころころと床を転がるモフクマ、厨房で皿を洗うモフクマ、とりあえず廊下で踊るモフクマ、モフクマ同士が積み重なるようにして天井のシャンデリアを掃除するモフクマ、機嫌よさそうに歌うモフクマ……。
《半分くらいの奴がさぼってねぇか?》
「いいんですよ。可愛いは正義です」
モフクマ族はとにかく数が多く、戦闘能力は低いが穏やかな気質を持っている。
そのため、魔王城の雑用全般を担っているようだった。
魔王城はアーシャの知るアレグリア王国の王宮とは違い、全体的に薄暗くまがまがしい雰囲気に包まれている。
だがあちこちで働いたり踊ったりしているモフクマたちのおかげで、随分とまがまがしさが和らいでいるような気もした。
「今日は魔獣たちのお世話をするクマ」
「楽しそうですね!」
モフクマに案内されるままに厩舎にたどり着いたアーシャは、うきうきと中に足を踏み入れた。
ドラゴン、フェンリル、キマイラ、クァール……一目見ただけで、裸足で逃げ出したくなるような恐ろしい魔獣が揃っているが……。
「あっ、猫ちゃんだ! にゃーん」
「グ、グルルァ……?」
「にゃーん?」
「ゴロゴロゴロ……」
大喜びでクァールに近づき顎の下を撫でると、最初は困惑していたクァールもごろごろと喉を鳴らし始めた。
《アーシャ、念のため言っておくと今あなたが撫でているのは猫ではなく危険な魔獣ですのよ》
「でも可愛いからオッケーです!」
アーシャは可愛い生き物が大好きだ。
そしてその「可愛い」は中々にストライクゾーンが広く、アーシャにとってはクァールでさえも「可愛い猫ちゃん」にカウントされるのである。
ギロリと鋭い眼光でアーシャを威圧していた他の魔獣も、クァールが仰向けにお腹を見せてゴロゴロする様に、次第にそわそわし始めた。
《他の魔獣もアーシャに撫でられたいみたい》
《アーシャ、意外とテクニシャン……》
「えへへ、それほどでも」
次々と寄ってくる魔獣をなでなでで陥落させていると、今度は厩舎の中で働いていたモフクマが集まってくる。
「ぼくもやってほしいクマー」
「マー!」
「大歓迎です! あっ、ちょうどブラシもありますね!!」
モフクマたちの掃除道具の中に魔獣用のブラシを見つけたアーシャは、嬉々としてブラッシングをこなしていく。
魔獣に、モフクマに……なぜか精霊たちも列に並び出す始末。
《アーシャ、次は私だからね!》
《特別に俺の頭を撫でさせてやってもいいぞ?》
「はいはい、順番ですよ」
普段は精霊たちに世話を焼かれることが多いアーシャだが、こうして他者の世話を焼くのも良いものだ。
アーシャが夢中でブラッシングに興じていると、不意に厩舎の入り口からコツ……と足音が聞こえた。
直後に聞こえたのは、困惑したような……どこか呆れを含んだ声だった。




