10 相手を知るのは大事ですね
「そうだな……君は、魔族の領域の事情について、どこまで知っている?」
「ほとんど何も存じません。ただ、人間とは違う魔族が棲む領域とだけ……」
魔族に対して人間は、漠然と「恐ろしい存在」というイメージを抱いている。
アーシャだって実際にここに来るまでは、魔族という生き物は人間を見たらすぐに息の根を止めに来るのだと思っていた。
古くからアレグリア王国は、時折魔獣が結界を破って侵入してくるたびに大打撃を受けていた。
そんな魔獣がうようよと生息する領域で暮らす魔族は、よほど恐ろしい生き物なのだろう。
アレグリア王国では昔から「遅くまで起きていると魔族がさらいにくる」と言えば、どんなやんちゃな子どもでもすぐにベッドに潜って布団をかぶるほどなのだ。
(でも……案外話は通じるのね)
少なくとも目の前の魔王は、アーシャに危害を加えようとする様子は見えない。
「……人間は、魔族のことを誤解していたのかもしれません」
「いや、君たちの懸念は正しい。基本的に魔族は闘争を求める種族だ。このあたり一帯も少し前に俺が平定するまでは、長いこと血で血を洗う争いを繰り広げていたからな」
「そうなんですか……」
「あぁ。だがそれでは、弱き者が強き者に蹂躙される連鎖を繰り返すだけだ。……俺は、そうではなく弱き者でも安心して生きていける国を作りたいと思っている」
真っすぐにアーシャを見つめ、魔王はそう口にした。
その言葉にも、真摯な表情にも、とても彼が嘘をついているようには見えなかった。
じんわりと、アーシャの胸が熱くなる。
よく知りもしないで魔族を恐れていた自分が恥ずかしくなった。
目の前の魔王は、この地に平和な国を築こうとしているのだ。
もしもアーシャの力が役に立つのであれば……なにを躊躇することがあるだろうか。
「あのっ……私で良ければ存分にお役に立ててください!」
《おいアーシャ! そんな安請け合いすんなよ!!》
《そうだよ~、人間牧場とかにされたらどうするの?》
《発想がエグイ……》
(いや、大丈夫……だよね?)
若干不安になりかけたが、精霊たちの言葉が聞こえているのかいないのか、魔王は口元に笑みを浮かべた。
「そうか、それは頼もしいな。君は聖女と呼ばれるほど強い力を持っていると聞いた。是非とも、その力を貸してほしい」
「お任せください!」
えっへんと胸を張るアーシャに、精霊たちはやれやれと肩をすくめている。
「あぁ、それと……」
魔王はどこか愉快そうな瞳でアーシャを見つめ、口を開いた。
「俺の名はルキアスだ、聖女殿」
そう言って、魔王――ルキアスが口元に弧を描く。
彼が目を細めると、ルビーのような赤い瞳がきらりと光った。
一瞬魅入ってしまったアーシャだったが、そういえば自分もまだ名乗っていないことを思い出し慌てて口を開いた、
「アーシャといいます。少し前まではアレグリア王国で聖女を務めておりました。精一杯尽力いたしますので、どうぞよしなに」
なんとか格好をつけてそう挨拶すると、ルキアスは愉快そうにくつくつと笑った。




