1 私は偽聖女らしいです
「聞こえなかったのか、アーシャ。お前は本物の聖女ではなかったのだ。わかったらさっさと聖女の証であるアミュレットを返せ、偽者」
王太子セルマンの突然の言葉に、アーシャは呆然と彼を見つめ返した。
「あの、偽者とは、どういうことでしょう……」
アーシャはちょうど一年ほど前に、聖女の称号を授かった。
王太子セルマンとの婚約、聖女就任の儀もそこそこに、国内の瘴気を浄化する巡礼の旅に出たのだ。
一年かけて各地をまわり、やっと戻って来たと思ったらまさかの偽者宣言である。
しかしセルマンの発言はどうやら独断だったようで、謁見の間に控える者たちは驚いたようにざわついている。
「やはり平民であるお前が聖女などとおかしいとは思っていたのだ。あぁ、心配しなくともきちんと本物の聖女は見つけてある。……おいで、カティア」
「はい、セルマン様」
王太子の言葉に呼応するように進み出てきたのは、華美なドレスを身に纏う女性だった。
彼女はセルマンにしなだれかかり、セルマンも愛しそうに彼女を抱き寄せている。
「カティアは歴史ある名門伯爵家の令嬢で、優れた癒しの力を持っている。お前のような平民上がりの女よりも、よほど聖女の座にふさわしい。分をわきまえ、早くアミュレットを渡せ」
「あの、王太子殿下。聖女とは優れた癒しの力を持つ者がなる役職ではなく、精霊と感応力の高い者が神殿によって選定され――」
「うるさい! 誰ぞ、この女を捕らえよ! 聖女の名を騙る偽者……許しがたい反逆者だ!!」
ついに堪忍袋の緒が切れたようで、セルマンは激怒しながらそう怒鳴った。
命じられた兵士たちも、いきなりの王太子の横暴に困惑しているようだ。
……ここで反抗しようとすれば、いくらでもできただろう。
だが、アーシャはそうしなかった。
ずっと身に着けていた聖女のアミュレットを静かに外すと、跪き床へと置いた。
そうして、再び立ち上がると戸惑った様子の兵士たちに微笑みかける。
「私に反抗する意志はございません。皆さまに従いますので、手荒な真似はよしていただけると嬉しいです」
「……申し訳ございません、聖女様。我々にご同行願います」
心から済まなさそうにそう告げる兵士に、アーシャは同情してしまった。
背後では相変わらずセルマンとカティアが、「あぁ、聖女の名を騙る偽者だなんて怖いわ、セルマン様」「心配するなカティア。お前は私が守ってやる……!」とアーシャを悪者にしていちゃついていた。
(まぁ、王太子殿下の独断のようだし、少し様子を見ましょうか……)
兵士に先導され、アーシャは謁見の間を退出する。
セルマンと離れることが出来て、アーシャはほっと息を吐いた。
(危なかったわ。あのままあの場所にいたら、大変なことになってたかもしれないもの)
婚約者であるセルマンの浮気も、聖女の称号を剥奪されたことも、アーシャにとっては大した問題ではない。
最も恐ろしいのは……。
《なんですかあの無礼者は! 私たちのアーシャにあんな酷いことを言うなんて許せませんわ!》
《処す? 処す?》
《これから毎日王太子を焼こうぜ!》
《私は水責めの方がいいかな~》
(ひいぃぃぃ、暴走する前でよかった……!)
あの場でアーシャが最も恐れたこと。それは……アーシャの周りにいる守護精霊が暴走して、うっかり王太子を殺してしまうことだったのだ。
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