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大好きな家族とほのぼの生きています  作者: 青磁
【広がる世界編】
98/108

「誇りは。」




30分後、束の間の休息を取った僕達は外へ出て鹿の解体作業の続きに取り掛かった。

既に枝肉に分けられていたそれを夕餉に使うものは仕込み、保存しておくものは冷却の効いた保管室へ。他は干し肉にして携帯食を作るらしい。仕分けが済んだら屋内へ移り、それぞれ持ち場でやり方を教わりながら目的に合わせて進めていく。


保管室へ運び終えた後は夕餉の手伝い。

今日は採ってきた茸と野菜のアイントプフにコッホ・クロプセと付け合わせのカルトッフェル。他にはコールロラーデと炙ったブルスト………肉料理が多いなぁ。


それに加えて僕達の狩った鹿肉は沢山のオリーブオイルにニンニク、胡椒、岩塩を加えて……これはアヒージョかな。こっちの世界の料理は前世と似通ったものが多いけど、もしかしたらこれも歴代の愛し子達が残していったのかも。


作業をしつつ先輩方と楽しくお喋りしていると、ジャックと義兄が今年冒険者になると聞いた先輩の内の一人ーーカディスさんが感心したように話し掛けて来た。


「ほぉ。二人共、14歳になってないんだろ。

まだ若いのに今の見習いは頼もしいな!ハインツさん達がここまで連れて来たのも納得だな」


「いや俺は弓以外全然大した事なくて…。あの、カディスさんは鬼きょ、ハインツさんとは付き合い長いんですか?」


おっとジャック。ここで鬼教官の呼び名は禁句だよ。この後の筋トレメニューが倍になる………


内心ヒヤリとしている僕達の視線を受けてジャックがごめん、と目で訴えてくる。皆んな一日動き続けてヘトヘトなのに進んでハインツさんの勘気を被る気はない。

幸いにもそんな僕達の遣り取りに気付く事なくカディスさんは楽しそうに話し始めた。


「あぁ、ハインツさんは俺が昔世話になった先輩でな。偉大な冒険者だ。

パーティを組んでもソロで活動しても結果を残してくる手練れ。依頼達成率も並いる冒険者の中でも上位。

戦斧を薙いで文字通り前へと切り開く姿に切り倒す者(ギデオン)と呼ぶ奴も居た」


カッコ良いだろ、と笑うカディスさんに釣られて僕達も笑う。それからハインツさんについての武勇伝がぽんぽんと出て来て僕達は驚いたり笑ったりして忙しなかった。

曰く、4mは越えようという大熊の狩猟へ出向いて首を切り落として見せただとか。

曰く、ケルピーに湖に引き摺り込まれて逆にその鬣を持ち帰っただとか。

他にはワイバーンの群れ討伐へパーティで向かったらボス個体と一対一(サシ)で戦い合って見事勝利したなんて話まで聞けた。


今更思うけど、ハインツさん本当に身体全部が武器だな……

因みにあの強さで月桂樹級は兎も角、どうして槍水仙級じゃないかと言うと………腕っ節が強いのは確かだけど繊細な作業は苦手で貴重な採集素材は悉く汚すか破損するか駄目にしちゃうか……まぁとにかく苦手だったそうです。


それとランクが上がれば要人護衛等の指名依頼も増えて来るんだけど……マナーや礼節がどうしても肌に合わなくて、一度貴族のお偉方を酷く怒らせた事があるらしい。

その話をした時本人は気にした風もなく豪快に笑っていたけど………僕はその場を想像して背筋が冷えました。はい………


そんな訳で討伐系統の前線では名の知れた冒険者だったけど、貴族との繋がりは持たない無名の実力者として活躍していたらしい。

今は厳しくも熱心に教えてくれる鬼教官だけど昔は文字通りギデオンだった………


ーーそんな話しで盛り上がった夕餉作りだったが暫しの躊躇の後、これも話した方が良いだろう。と一転表情を険しくしたカディスさんに僕達は手を止めた。


「……だからこそ数年前の大規模遠征で他パーティを庇って負傷した時の絶望は計り知れなかったよ。あの時の判断は俺達の考え得る中での最善で、あの人はそれを自ら引き受け実行してくれた。

………魔物に阻まれて撤退し損なった奴らを庇って一人前線に残ったんだ。


治癒士は後方に退いた他の人員の治癒で手一杯。魔法を使える奴も魔力が殆ど空で増援も送れる状況では無かった、だから………

俺も歩けない奴を担いで下がるよう言われたんだ。血の匂いで魔物の気を引かない内に逃げろ、と。

……仲間の背中越しに見たあの人はとても勇敢だったよ。四方八方からやって来る魔物の群れを次々薙ぎ倒しては斬り伏せていた。

長時間の戦闘にいつ身体が限界を迎えても、いや限界だったのに奮闘し続けてくれた。

けど終わりの見えない消耗戦にどんどん怪我が増えて………」


「遂に腕と目を持ってかれた時は自らの死を悟ったさ。だが次の瞬間セポラが守ってくれたんだ。

後ろに下がってたのに態々俺の所まで戻って来たんだよ。けど魔力が尽きてたからその身体を盾にして、彼奴は………


……この命は彼奴が死んでも彼奴のもんだ」


背後から言葉を継いだ声に僕と義兄以外の全員がびくりと肩を揺らす。サーモグラフィーの魔法切ってなくて良かった。後ろを振り返れば予想通り、胸元をトンと叩き静かに笑って見せるハインツさんの姿。


その右拳の示す先は心の臓と……奥さんであるセポラさんの形見となった金蓮花級の冒険者プレート。出産・育児と前線を離れた後に復帰し亡くなるその時まで現役で在り続けたハインツさんの大事な片割れ(誇り)


眼帯から覗く左頬から耳に掛けて走る傷痕は冒険者にとっての名誉。何気なく振られる左腕の先は風に煽られた袖があるのみだが、それを差し引いても劣る事のない武器そのものの肉体に身体の一部を失ったとて褪せない頑健な精神の宿る右の眼。

その身体を恥じる事なく、堂々と僕達の前に立って見せるハインツさん。


……そう、考えられるようになるまでどれだけの時を一人で踠き苦しんだのだろう。

今の勇ましい姿を、嘗て一度は退いた地へ再び向けようと決意するまでにどれ程の苦悩と葛藤があったのだろう。


後輩であるカディスさんと導くべき見習いの僕達へ想いを吐き出せるようになるまで、どれ位現実()と向き合って、来たのだろう。


持っているものを失った時の喪失感と虚無感は失った本人でないと分からない。

それを乗り越えて前を向く為に出した勇気も。


……その上ハインツさんは件の遠征で家族をも喪っているのだ。正直、いつ自刃に心が傾いてもおかしくない状況だった。

本当に、今此処に居られなかったかもしれない程に。


僕は近くへ寄って声を掛けて、関心を外の世界へ向ける事は出来ていたのかもしれない。日々を生き繋ぐ為の(加護)を送る事は出来たと思う。

ーーけど絶望から這い上がって次を目指せるようになったのは紛れもなくハインツさん自身が持っていた強さだった。


「俺はこの傷を一度は恥だと思ったが今では大事な勲章だ。セポラが残してくれた身体だからな。

……ジャック、ディラン。冒険者を続けた先でいつか俺と同じ想いをするかもしれん。

けど常に最善を尽くせ。何も出来ずに後悔する位なら全力で足掻いて見せろ」


その言葉の重さに二人は応えるように返事を返す。力の篭る返事に目元を緩めたハインツさんの姿に、僕は肩に入っていた力をゆっくりと解いた。


そうして空気の和らいだ場を切り替えるようにハインツさんはニカっとした笑みでもって「ところで」と僕達へ、いや正確にはジャックへ向き直った。そうしてゆったりとした口調で笑顔を向ける見習い(教え子)へ問う。


「………誰が鬼教官だ?」



………次に見たハインツさんの顔はヤ○ザも泣き出す形相だった。



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