「表層、明くる森。」
含んだ笑みを浮かべたイライザさんに促されるまま僕達は森の中へ入って行く。森の入り口に当たる現在地は比較的平された道が続いている。
鳥の囀りや木立の風にそよぐ音が朝の空気と混ざり合い森独特の清涼感が胸を満たす。
野営の為に用意された頑丈なブーツが道端の草に触れると朝露が弾け靴先を微かに濡らした。
先頭をヴァイスデーゲンに乗ったイライザさん、殿をハインツさんが務め一列に歩きながら会話形式で始まった授業に僕達は耳を傾ける。
「今回の野営では各々の能力毎に役割分担をする必要が出て来る。その時にお互いの知識や経験に偏りがあると連携は取れない。将来ソロでやって行くにしろパーティを組むにしろそういう心構えは持っておいて損はないよ」
そう言い首だけ振り向くとイライザさんはエミの手に握られているロープを指差す。
「先の話の続きだよ。この魔石には風と光の魔力が込められている。魔力残量の見方は教えたね。ジャッカス言ってみな」
「はい。まず石そのものの大きさを確認して最大容量を確認、そして魔石を作動させた時の光量と光の粒の動きが活発かどうかを見ます」
「そう。嬢ちゃんこれの効力はどれくらい保つか分かるかい?」
「んんと………半日使い続けて4日程度かと。荷物量が増えたらこれより短くなります」
込められた魔力量と魔法の発動範囲を鑑みてザッとそんなものだろうか。素材の採取も行う筈だから帰りの荷物は増えているだろう。僕の言葉にイライザさんも軽く頷いた。
「そう、これから先この荷物をどうするかは坊主達が決めな。但し、緊急で無い限り放棄は許さないよ。
それと今日は表層の中央部、明くる森の中継ポイントで休む予定だけどそこへ向かう間気を付けて欲しい事がある」
そう言うとイライザさんは魔石と僕を交互に見た。
「光属性の魔力に惹かれる魔物ペリュトンがここ数日、表層のこの地域まで降りて来ているらしい。本来なら浅層のもっと東寄りにいる筈だが縄張り争いに負けた若い個体が逃げ出した可能性がある。
遭遇した場合はまずハインツか私に報告だ。良いね?」
はい。と応える僕達に対してイライザさんは再び含んだ笑みを向ける。
「因みにその魔石、ペリュトンが出たら良い囮に出来るけどね………ある人物が野営の為にと提供してくれた半金貨3枚は超える代物だよ。
その辺に投げ捨てでもしたら宝をドブに捨てるような物だね」
……あ〜……これは義父さんが一枚噛んでるな。
どうして義兄も僕も研究者の名前を知らなかったかなんて少し考えたら分かった。あの義父さんが自身の功績を子供達にひけらかす真似はしない。
しかもこの魔石が発表された年は義父さんとお義母さんが結婚した少し前………つまり義父さんの名が知れ渡るキッカケ、二人の馴れ初めに関わる魔法だ。
そりゃ聞いた事ない筈だよ………義父さん恥ずかしかったから教えてくれなかったのか……やけに義父さんの携わった当時の資料や書籍が本棚にないなと思っては居たけど……
僕と義兄が内心ビックリしていたのは既にバレていたらしい。ハインツさんからやれやれと言ったように溜め息が聞こえて来た。
きっとギルド長とニコライさんが手を回したんだ。僕達の義父さんの事を引き合いに出して僕の魔法や知識量に納得いくように。そうすれば僕の愛し子としての能力は伏せたまま理解が得られる。
義父さんの名前を隠れ蓑に使うのは気乗りしないけれど、ギルド長と遣り取りして決めてくれた事だろうから口を出すのは良くないよね。
そうして納得した僕が後ろを振り返るとジャックはイライザさんの話しに肩を強張らせ、エミは見ている此方が可哀想になる位顔を青ざめさせていた。
…………うん。エミ、ドンマイ。
取り敢えず荷物は僕が持つから落ち着いて??
初日から魔物の標的になるかもしれないという情報に加え予想外の貴重品を持たされていたと知ったエミはカチコチに固まっていた。それでも歩く速度を落とさず辺りの確認も怠らないから偉い。僕が無言で彼の震える手からロープを受け取っているとハインツさんが背後から爆弾を落とした。
「そういやぁ、これだけ綺麗に魔力が込められている代物はここ数年見ないから今なら相場で半金貨5枚にはなるぞ」
…………っ義父さんなんて物持たせたの!!!?
◇◇◇◇◇
僕達は順調に森を進んでいる。川のほとりに差し掛かった頃にご飯休憩だと言われ順に食事と見張りを行う。時折義兄の影に隠れつつ鑑定の加護で辺りを確認するも近くに魔物の気配はないようだった。小動物の類は確認出来るがまだ食料がある現状狩りをしても処理に時間が掛かるし荷物が増えるだけ。
狩るとしたら中継ポイント付近が良いだろう。
今回サーモグラフィーと魔力探知魔法は常に展開するようにしている。危険な魔物の情報も上がったしこれから先如何に集中力を切らせず複数魔法を展開し続けられるかが大事になって来る。体力はなるべく温存。その上で魔力の長時間消費には慣れておこうと思っている。
というか、一々義兄の影に隠れながら鑑定画面を出すのが手間だな。隠蔽魔法やカモフラージュ魔法を改良すれば周りにバレずに僕だけ鑑定画面を見る事が出来るかも。これは夜にこっそり調整してみよう。
こういう時、義父さんやナギちゃんが居ないのが心細い。イライザさんに加護の事を話す訳にもいかないし完全に独学でやってみるしかないか………
義兄の影に隠れながら唸っていると不意に義兄から声が掛けられた。
「リコ」
「ん?なぁに?」
顔を上げると近くの散策に出ていたハインツさんが義兄に何かを手渡していた。義兄の手には房を彩る赤い艶々とした小さな木の実。
「ディラン、リコ。この近くに生っていた赤スグリだ。食ってみろ」
え、スグリってそのままだと酸味が強くないですか……?野営中は味は二の次で食べられる物の判断をしとけって事かな?
疑問に思う僕にしかし義兄は赤い果実の半分を手渡す。そして匂いをスン、と嗅ぐと躊躇なくその口に含んだ。
「……ん、んまい」
「え、そんな一気に口に入れて大丈夫??待ってて今飲み物を……「ほら」
「んむぅ」
義兄の手で口元に差し出された赤い実を僕はいつもの条件反射で口に入れてしまう。
あぁ……っ!お兄ちゃんに慣らされた反射め……!
僕は覚悟して一口噛み締めた、が予想に反して口腔に広がるほんのりとした甘さに僕は目を瞬かせる。酸っぱさはあるにはあるけど只酸味が強い訳じゃなくて甘酸っぱい感じ。甘さが優しいから幾らでも食べられる。
「……ん。コレ美味しい!街の市場で売ってる赤スグリって酸味が多いけどこれは甘さもあって食べ易い」
「ハハハ!良かったな当たりだ。この辺りの果物は他に比べて糖度が高いんだ。エントの縄張りだから植物はその恵みを受けている」
エントとは樹木型の魔物、というか生物だ。
人に似た顔を持ち魔力を有しているが木々と森を守る存在で森を荒らさなければ基本的に人間にも穏やか。但し、不必要な殺生や悪戯に木々を傷付ければ容赦ないそうだけど。
「さ、毒味は済んだ。イライザも食べるか?」
「頂こうかね」
え、毒味………?
話を聞くに偶にエントの罠で恐ろしく酸っぱい木の実があるらしい。マジか。義兄の五感が鋭くて良かったよ………匂いで味も凡そ想像がつくらしいから。でもこれからは義兄が動く前に鑑定で毒がないか確認しよう。毒耐性のある僕ならお腹壊さないだろうけどエミ達はそうじゃないからね。
エミとジャックも貰って嬉しそうに食べているのを静かに見ている義兄へ手を伸ばし、その口へ赤い果物を差し出した。




