「森にて。」
あれからギルドに戻って諸々の準備を終えた僕達は今馬車に揺られている。
夜まで残ってくれていた冒険者の先輩方とギルド職員さん達に見送られた馬車は夜の道をガラガラと進む。地味にお尻と身体の節々が痛いのでこっそり守護と治癒の加護を皆んなへ付与しておいた。イライザさん達にバレたら不味いので隠蔽・認識阻害の魔法を厳重に掛けて。
ギルドを出る前に認識阻害と鑑定画面は工作済み。義兄も突然の野営スケジュールは知らされて居なかったらしく、義父さんへの連絡ついでに伝言を送ろうか?と聞いたら、めちゃくちゃ長文で何かを走り書きし大切に封をして渡された。何故か内容は頑として教えて貰えなかったけど………
毛布に包まれた時もコソッと聞いてみたけど無言で頭を掴まれ胸元へ納められた。ん〜解せぬ。
メンバーはイライザさん、ハインツさんと見習い4人の計6名。御者の方も居るけれどこの人は森に着いたら馬車と馬を戻さなくてはならないので野営には参加しない。
ギルド長も本当なら来たかったらしいが会合があるとかで不参加となった。見送りの際、ひたすら悔しそうにスケジュール調整出来ないかと職員さんに食い下がっていた……
頼れる大人が一人減った事に対する少しの安堵と大きな不安。
ヴァイスデーゲンも同行しているけれど意思疎通が取れるのはイライザさんのみなので主の許可が降りない限り手助けは望めない。
明かりの消された暗い帆馬車の中を僕は毛布から顔を出しぐるりと見渡した。
テント一式が3組と毛布、魔法が使えない場合の火打ち石、洋燈、獣避けの入った大袋の他、少しの着替えに水、食料数日分とナイフ2本、緊急用の発煙筒、救急キットの入った鞄がそれぞれ渡されている。
今は各々支給されている毛布に身を包み少しでも睡眠を取ろうと目を閉じていた。帆の向こう側の御者台にはハインツさんも座っている。この後数時間おきに御者を交代するらしい。
ハインツさんもイライザさんも体力が減衰する年代なのに慣れた様子で落ち着きを見せている。
辺りを確認し終えるとゆっくりと息を吐き出す。僕を包む義兄の大きな身体に背を預け力を抜くと、先程の話を思い返した。
ーー今向かっている闇の森とは僕たちの暮らすマイアース領から出て北西、西側諸国とケルヴィナ国の中間に位置する森林の事を指す。
この森は広大な樹海地帯の一部。大陸の遥か北方に聳え立つ霊峰ユーヴァロン山脈の麓まで広がっている樹海で、それぞれのポイント毎に別の名称で呼ばれている。
比較的人里に近い地域では天然の薬草、獣、狩りやすい魔物の素材に木の実、山菜、茸類など……森の恵みの採取が行われ簡単な林道も通っているが、素人が入ればやはり危険だ。
そして深層へ向かう程、動植物も魔物も危険性が増し人が長くは居られない環境となる。
その為、名称を付けエリア毎に区分けされたそこは一定の地域からは有識者及び各国の国主・担当大臣による命令・許可が降りないと入れない事になっている。
ユーヴァロン山脈に関しては入るルート毎に国の資格と許可、更に神殿の司教クラスの聖印がないと入れないらしいから、まぁめちゃくちゃな危険地帯だと言うのが分かるだろう。
因みに闇の森と呼ばれている地点は樹海のケルヴィナ国寄り。人里近くの森が表層だとすると中層よりの浅層ギリギリを指す。
ぶっちゃけて言おう。
見習いの子供が向かって良い場所じゃありません。
なのに今回入る許可が降りたのは藤級のハインツさんと槍水仙級のイライザさんの同行、それにギルド長の尽力があったからだ。
中堅以上のベテランになると冒険者同士で大きなパーティを築き、大枠の定期依頼や後進育成、護衛の指名依頼などで街中での活動も増えて来る。そんな中、藤級且つソロで討伐依頼も受け続けていたハインツさんは相当の実力者。
数年のブランクこそあれ、復帰した今なら能力的に問題なし。
イライザさんに関しては肩書きを持つまでに相応の結果を残して来ている現役。相棒は凶暴・自然界の頂点の一角で知られるユニコーン。正直、文句を言える人の方が少なかったと思う……
あと今回の訓練内容は事前に僕達見習いの保護者へ知らされていたらしい。本人達の預かり知らぬ所で外堀を埋められていたとは………
………この先どうなるか分からないけど気を引き締めて行こう。
僕は既存の探知魔法ギリギリから追って来てくれているカホちゃん達へ向けて頑張るから見守って居て。と伝えた。
◇◇◇◇◇
一晩明けた朝、僕達を乗せた馬車は森の手前で止まった。途中休憩を挟みながらだったけどここまで来るのは長かった。順に馬車を降りるとぐぐ、と腕を上げて身体を伸ばす。
隣の義兄が首を曲げるとポキポキと子気味良く音が鳴った。
そうしてそれぞれに軽く身体を伸ばすとテキパキと荷物を降ろして行く。こんな所でいつまでも油を売っている時間はない。
加護の影響か、幾分疲れの取れた身体は浅い睡眠にも関わらずしっかりと動いてくれた。
………昨日の訓練では加護を掛け直してもあまり効果が無かった。加護は只掛ければ良いというものでもないからだ。
加護も魔法と同じで具体的な付与を掛けたいもののイメージと集中力が必要。
範囲が限定的且つ、加護の効果がどのよう現れるかをイメージ出来ている程効果は高い。逆に効果範囲を大きく、おおまかなイメージで行なってしまうとその分効果は目減りする。
僕が普段商会の商品に対して加護を掛けている時は前世で使用していた既製品の使用感を覚えている為、それに効果が近くなるようにイメージした上で慌てる事も急ぐ必要もない状況で掛けている。
だからこそ加護の効果がしっかりと現れている僕の商品は売れた。
けれど体力、精神、集中力共に切れている昨日のような場面では………加護は付与出来ても効力は短時間、しかも具体的なイメージが出来ていないと100%発揮されるとは言いにくい。
その点をギルド長は早々に見抜いていたのだろう。だから今回イライザさんに指南役を依頼した。試験の際、ヴァイスデーゲンに加護の付与を行っていたという推測は間違いでは無かったみたいだ。
さて、荷物を出し終えたは良いがここからどうするか……ハインツさん達へ確認を取る前にイライザさんが懐から何かを取り出した。
ソフトボール大程の球が嵌め込まれた台座とそれに繋がれたロープ……あれは魔石かな?
それをテントが入った大袋へ巻くようにと指示を受け梱包の要領でロープを通して行く。
荷物上部に回った球はイライザさんが台座をカチリ、と回した事によりほんのり発光し始めた。と、途端ふわりと浮かび上がる大袋。
これ………!風魔法と光魔法を併用した浮遊魔法!!
魔力の光属性は放出・拡散、闇属性には圧縮・吸収の性質がある。これを利用し過去の愛し子が開発した魔法の一つが浮遊魔法だ。僕も前世の物理法則に照らし合わせて重力と遠心力、常に作用している引っ張る力を自身の身体から切り離して無重力状態を作れないかと色々試したのだけれど脳への身体強化の加護で無重力について色々思い出している内に諦めた。
重力が掛かっている環境に慣れている人体は無重力には直ぐに対応出来ない。
短時間でも使用すると身体への負荷が大き過ぎるという事でカホちゃん達に練習を止められた魔法だ。
そこで教えて貰った魔法がこの浮遊魔法。此方は少々複雑で先ず指定した範囲内に風の魔力で空気を動かしヘリウムのみを集める。次に光の作用でヘリウムを拡散、範囲内のヘリウム量を一定に保ち浮かしたい対象が必要以上に上がらない様にする。
これの微調整がめちゃくちゃ難しい上に当時の人々にとってヘリウムとは何ぞや?となり、あまり世間に浸透しなかった魔法でもある。
風と光、闇の魔力のある義父さんにお願いして一度だけ見せて貰った事があるが、まだ扱いが難しいからとあまり教えてくれなかった。義父さんからは危ないと難色を示されたのでカホちゃん達にお願いしてこっそり練習中な魔法の一つです。
それを魔石に導入して運用出来るようにするだなんて!
開発された当時はその精度の高さが注目されたらしいが数年前から段々と魔石の発動精度が落ちて来ているらしい。
ここまで綺麗に魔力が込められた魔石は貴重品では?それに何だか慣れた魔力の様な……僕が魔石の完成度の高さに食い入る様に見つめているとイライザさんが声を掛けた。
「ふふふ、嬢ちゃんこれに何の魔力が込められているか分かるかい?」
「風と光の魔力ですね!浮遊魔法はとても複雑なのに更に魔石に注入するなんて………
わぁ、綺麗に魔力が配分されてる。こんなに完成度の高い魔法を間近で見られるのは滅多にないので感動してます……!」
「確かにこんな魔法見た事ないが……一目見てそこまで分かるのか?」
「うん!光と風の魔力が凄く澄んでてキラキラしてる!しかもこれ魔道具としての性能も優秀だよ。ロープにも魔力が伝わる様にして効果の範囲指定がし易く工夫されてる………え!コレ魔導率の高いバロメッツの羊毛が織り込まれてるよ!」
「バロメッツの羊毛ってこの樹海深層に自生してる羊のなる木か。魔物に襲われ易くて希少素材だったな。魔導率が高いから魔法を当てると広範囲に威力が広がる」
「ディランも何でそこまで知ってんだよ……」
「ハハハ!ジャッカス、エミール。力もそうだが二人と同じ様に知識を身に付けるのも己の為になるぞ。咄嗟の状況下で知識が乏しいとそれだけ判断材料に欠ける。
知恵っつーのは選択肢の幅と視野を広げる重要な武器だ」
「じゃあもう一つ質問。大昔には開発されていたこの魔法を復元させ実用化させた人物は誰だい?」
「え………」
そう言えばこの魔石は一般的ではないがペガサスの運ぶ馬車に適応させていると聞いた事がある。それにより移動効率が格段に上がった、とも。コストが高いから専ら傷を付けられない貴重品や希少な物質の運搬に使われているらしい。始めは庶民でも扱える様にと検討されたらしいが魔法ギルドから待ったが掛かった経緯がある。
空間転移の加護?そんな希少な加護持ちが居たら国のお抱えになってるしアレ行った事のある場所にしか飛べないからな〜……
でも義父さんは誰が実用化させたかまでは言ってなかったな………
頭の中で義父さんに教わった魔法分野の研究者の名前を思い出しているとクスクスと笑いを含んだイライザさんから答えが告げられた。
「聖ソリュンテーゼ国出身の学者、グレイヴス・ヨアン・ウィーネブルク氏さ」
………………はぁぁぁぁあ!!???




