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大好きな家族とほのぼの生きています  作者: 青磁
【広がる世界編】
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「野営前夜。」




ギルド裏手の訓練場の端。アスレチックに向かい懸命に走る少年達の姿を注視しながら、駆け出しの頃からの旧友であり戦友である二人が肩を並べていた。


「しかしお前から話が来た時にゃ驚いたが……先生んトコの坊主が実は女の子だとは。そうか、だからか」


骨格が男にしちゃあ、ちと華奢だったんだよ。と呟くハインツの視線の先には息を切らしながらもアスレチックへ向かう子の姿。そして動きは緩めないが子のそんな様を時折心配そうに確認する義兄を見てニッと笑みを浮かべる。


「まぁ養い親とも色々相談して決めたそうだ。分かってるとは思うがハインツ……」


「あぁ野暮なことはしねぇさ。興味本位の詮索は冒険者の名折れだろ」


本名については本人達の口から聞いているバーナードだがここで口に出すような暗愚な真似はしない。ハインツも冒険者の振る舞いが身に染みているので此処ではそれぞれの名乗る名で接するよう徹底していた。



ーー腕も眼も、大事な片割れも失くして希望は何一つ無くなったと思っていた。

欠けた身体と心を抱え一人故郷へ戻り、只ひたすらに無力感に苛まれる。最早何事に対しても意欲は失せていた。


仕事に明け暮れ家庭を疎かにしていた自身を待っていたのは埃を被った冷たさの際立つ家のみ。幼い頃その手を引き共に歩いた大事な息子は家庭を顧みない父親に愛想を尽かし、とうの昔に家を出ており何も残っていない。

若い頃一家揃って書いてもらった姿絵が埃を被り色褪せている。その光景を見て胸にヒビが走ったが既に何もかもがどうでも良くなっていた。


墓守の仕事を引き受けたのも自棄になったようなものだ。こんな落ちぶれた自身の姿を妻が見たら夢枕に立ち激昂してくれるに違いないと安易な希望に縋ったに過ぎない。

誇りある冒険者は引退した。マトモな職にはこの身体では到底就けない。落ちぶれ、汚れ仕事に日々明け暮れる自身にしかし、ある日声を掛ける者が居た。


いつもの仕事の折、声を頼りに下を向けばそこに居たのはほんの小さな子供だった。

同じ年頃の近所の子供より一回り小さなその子は土に塗れ一人霊園に居る己に対して「こんにちは」と綺麗に笑う。


そして小さな手に持つ籠を差し出して言うのだ。「いつも家族を守ってくれてありがとうございます」と。


………只自棄になっていただけだ。

他の選択肢が無いから、妻に一目会いたいという勝手な私情で動いていたに過ぎない。

けれど、身も心も薄汚れた己に対しその子はお礼を返してくれたのだ。声を掛け話をして温かな手料理を己に差し出したのは。


ーー再び暖かさと誇りを取り戻してくれたのは他でもない小さな子供だった。



毎年墓参りの度、我が家へ遊びに来る度に忠実に渡してくれる料理や菓子に何かしらの効果があるのは経験上察していた。

危険が付き物の冒険者にとってポーションや治癒の加護、身体強化の加護は存外身近なものだ。ランクが上がる程その効能を間近で見て体感する機会が多くなる。


常識的に考えれば小さな子供が気軽に持って来られる代物ではない。しかし屈託なく笑い己の姿を見て喜ぶノアに疑いを持つ気は更々無かった。あくまでノア自身の意思で、手を差し伸べてくれている。


ノアの養い親が高名な学者であった事も何かしら手を引いているのだろう。養子の一見軽率な行いを咎める所か、穏やかに此方を真っ直ぐ見つめて来る眼を見て()()()()()のだと直ぐに悟った。


見えない大きな何かに助けられた。

なら、その与えられた恩恵にーー暖かな厚意に恩を返すべきだ。この義を果たす時が来た。


その日自身は引退以降、心配を掛けていたがそれ故に顔を合わせる事を控えていた旧友へ久方振りに会いに行った。




◇◇◇◇◇




僕達は朝から始まったハードトレーニングを終え、訓練場の一角に集まっていた。

それぞれの手の中には今日の訓練で捌いた大猪の特性スープ。他にも木箱を引っ張り出して簡易テーブルにしたものの上に冒険者・ギルド職員が僕達の為に作ってくれた数々の料理が並べられている。


猪肉の赤ワイン煮込みは香草が効いていて見るからに柔らかく、燻製の隣で作られていたシュバイネハクセは猪肉を使った事で肉質は固めだが、一つ切ると肉汁が滴り美味しそうだった。

他にもギルド職員が持ち寄ったシュパーゲルのオランデールソース、いつ作ってくれたのかシュペッツレまである。大人達はそれに加え大樽のビールを開け既に呑み始めていた。因みに鬼教官二人はビールを水のように飲んでいます……


ハインツさん、薬が朝の一回に減ったから今日はアルコール解禁日なんだろうな……

抗うつ薬によく見られる副作用で体重の増加があるのだけれど、今日の動きを見る限りだとその辺の心配はしなくて大丈夫そうだね……ハハ。


今日解体した大猪(とそれに託けた打ち上げ)の事はどうやら事前にギルドの方で準備してくれていたらしい。大胆且つちゃっかりな大人達の様子に思わず遠い目をしていると、後ろから義兄が呼び掛ける。


「リコ、早く食べないとアイツらに食べ尽くされるぞ」


「あ、うん。今食べるね」


そう言い振り返ると既に勢い良く食べ進めているエミとジャックの姿が。よそられた料理は山のようだが今日一日何も食べてない上、良く食べる義兄も居るから直ぐに無くなるだろう。


僕もいそいそと匙を受け取り手の中にある器からスープを掬う。肉と豆が浮かぶそれを一口含んだ瞬間、口腔に広がる旨味に僕は夢中になって食べ進めた。ヘロヘロの身体に入れるご飯はとんでもなく美味しい……!


「………っはぁ、沁みる……!」


「ふふ、エミ何だかおじさんみたいだよ」


「だって一日ご飯抜きで訓練ぶっ通しだったんだぞ!」


「確かに五臓六腑に沁みるな……」


「ジャック何でそんな言葉知ってるの」


「ディランがこの間辞典貸してくれたんだ」


「あれ?義父さんの貸したの?アレお義母さんに頼まれて当時プレゼントした思い出の品だって……」


「ジャッカス今すぐ返せ。傷の一つも付けるな」


「ちょっと待ってくれ、確か荷物に入ってる……」


そんな遣り取りをしていると大人達の輪から外れたイライザさんが此方へやって来て声を掛けた。


「坊主達、それに嬢ちゃん良く食べてるかい?」


「はい!今日は皆さんにこんなに良くして頂いて有難いです。訓練の後だから余計に……」


「……あの、今日これから移動なんですよね?荷物とか必要な物ってどうすれば良いでしょうか?」


「あぁそれなら心配要らないよ。野営に必要な物は予め馬車に積んであるから。

後はお前さん達の用意が済めば終わりさ」


そう言いギルドの表に視線をやるイライザさん。訓練内容はハードそのものだけれど、ここまで至れり尽くせりで申し訳ないな。

……それに応えられるようにしっかり力と技術を身に付けないと。


ここまで手厚く面倒を見て貰ってそれに胡座を掻く甘えた子供は此処には居ない。

皆んな真剣な顔で次の訓練についてアレコレ考えている。

その様子にイライザさんは楽し気に微笑むとクイと首を大通りへ向けた。


「野営となると食事も風呂も満足に有り付けないのがザラだからね。移動は8時からだよ。その前に近くの浴場で今日の疲れを癒して来な」



ーーーという訳で皆んなで大通りの大衆浴場にやって来ました。お察しの通り、僕はこんな身体なので他者の目に触れる場に居るつもりは無い。無いけれどギルド関係者には既に僕は女の子だと認識されているので、今更それを説明出来る状況では無かった。説明、出来る自信も無い。


この世界の大衆浴場は男女で分けられており、子供は3歳までなら性別関係なく保護者と共に入れる。

が、僕はこの身体である上に自身の性別に対しても自己決定出来ていない中途半端な優柔不断、現実逃避してる情けない人間なので()()()()という選別に対応出来ない。

こういう場面にいざ向き合うとカテゴリーの枠から外れる異端なのだと改めて実感する。


僕はエミ達と話しながら目の前の建物に当たり前のように入り、そして出て来る人達の流れを淡々と目で追う。

誰も何も気にしていない、疑っていない。男である事を。女である事を。通り過ぎて行く人達の姿が遠いような硝子越しに見える心地がする。


……ギルドの、身内以外の人をどれだけ信頼し仲良くなっても言う気にはなれないだろうな。


エミ達の顔を見てぼんやりとそう思った。

そんな心中が伝わったのか隣に居る義兄が手を繋いでくれる。二人に気付かれないようにそっと。その優しさにくすり、と笑みを浮かべて僕は口を開いた。


「エミ達、先に入ってて。僕も入りたいんだけど……ちょっとご飯食べ過ぎちゃってお腹の調子が、ね?」


そう言いお腹を摩るフリをするとジャックが心配そうに此方を見遣る。


「大丈夫か?これから移動もあるし野営はキツいだろ。体調が優れないなら今回リコだけでも休んで…」


「ううん、戻って腹痛に効くポーションを取ってくるから大丈夫だよ。ここまで手厚く用意して貰って辞退は嫌だし。体調管理も出来ないで冒険者にはなれないでしょう?」


そう言いニコリと笑うとジャックは困ったように少し笑いながらも僕の言葉を受け取ってくれた。ちゃんと休んでろよ。と言う二人に手を振り頷く。

そして右隣に居る義兄へ顔を向けた。


「で、お兄ちゃんは行かないの?」


「お前の側に居る」


「駄目だよ、野営中はいつ身体を流せるか分からないんだから。入浴は清潔を保つ上でも心身のリフレッシュの為にも後、内臓機能を高める効果もあるから大切な…」


「俺の丈夫さは知ってるだろ。ならギルドに戻って布とお湯を貰いに行くぞ」


僕のその場凌ぎの蘊蓄など見事に無視して歩き出す義兄。繋がれたままの手に引っ張られる形で僕の足もギルドへ動いた。


………足が動かなかったの、バレてたか。


苦笑いを浮かべた僕の頭を義兄の手が軽く小突いた。



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