「義兄の不満。」
ニコライさんの提案は次のものだった。
まず、義兄には先日の決定通り資格の供与を行い今年から正規冒険者としての依頼を受けて貰う事。
12歳での昇進となればさぞ優秀だろうと衆目を集める事になるだろうが、そこは同じく今年正規冒険者となるジャックも居る為、注目の分散は出来るだろう、と。
そして僕に関してだが………
「……分かりました。
それじゃあ、14歳になるまでお兄ちゃんとのお仕事はお預けだね」
「………あぁ」
ムスッとした声と表情を隠しもしない隣の義兄へ僕は堪らず苦笑を漏らす。
僕のついては先に伝えられていた通り、試験自体は合格を貰っているので冒険者ギルドでの通例に則り14歳で正規冒険者となってはどうかとの話しだった。表向きの理由としては僕の現場での動き方や素地は充分であるが、体力や年齢を考慮したというもの。
そもそも義兄の12歳での昇進という事自体がそうそうない事なのだ。
冒険者ギルドは実力主義。とは言え魔物討伐や護衛など命の危険に晒される依頼も多い。
怪我のリスクは何かと付き纏うものだ。そんな仕事にまだ幼い子供を就かせるというのはギルド側からしても避けたい。
家庭事情等により少しでも早く独り立ちをしたい。生活の保障が欲しいといった余程の事情がない限り資格供与の時期を早めたりはしないそうだ。
だからこそ義兄のように純粋に能力を認められての昇進というのは実力主義の冒険者ギルドでは尊敬される功績だ。
逆に僕へのこの提案は言ってしまえば当然の物でもあった。
ーー僕達はこの話しを飲む事にした。そして此方がそれを受け入れた以上、認定員であるニコライさんの決定は絶対だ。
組織の一員としてこの決定には従わないといけない。それに今回の話しは僕の事を一番に考えてくれた上での決定だ。
極力目立ちたくない、能力を周囲に知られたくないという僕達の意向に最大限配慮してくれた形なのだから。
ーーそれでも理解と納得は別で。
義兄も頭の中ではこれが最良だと分かってはいても本心では僕を側に置いておけない事に納得出来ないでいる。
そんな複雑な心中を隠しもせず不本意丸出しな義兄に対してギルド長は窘めるように口を開いた。
「ディランそんな顔をするな。時間なんて直ぐ過ぎる物だ。お前達はまだこれから感じるものだが4年なんてあっという間だぞ。
……それに考えてもみろ。ノアが冒険者になるまでの4年間をお前はふいにするつもりか?
折角他より2年早く冒険者として仕事に打ち込めるんだ。
その間に多くの経験や技量を積んでノアを引っ張って行けるだけの男になれ、ディラン。
4年後ノアを迎える時に半端な不甲斐ない姿を晒すつもりか?もっと堂々としていろ」
喝を入れるかのようなギルド長のその言葉に義兄はギルド長を静かに見つめる。
その頃にはいつもの無表情に戻っていたが瞳に力強さが宿っているのが見て取れた。
ふふ、良かった。やっぱりお兄ちゃんがやる気になってくれた方が僕も嬉しい。
と、話し合いが纏まりを見せた所でニコライさん達はもう一つの大事な仕事を済ませるべく部屋を後にする事となった。
今日はエミもギルドに来る予定でこれから彼の面談を行うそうなのだ。
エミの資格供与についても今日決まるのか………エミ、頑張って!
きっとガチガチに緊張しているだろうなぁ……と小一時間前の僕達の姿を思い返しながら義兄のふわふわの髪を手で優しく撫で付ける。
お茶とお菓子を食べ終えてから帰ると良い。というギルド長の申し出に甘えて僕達はまだ部屋に残る事にしたのだ。
……ギルド長達が出て行った瞬間流れるように義兄の膝の上に乗せられたのはお察しです。はい。
お師匠達の手前、一旦は納得した様子を見せたもののやっぱり僕と一緒に仕事が出来ない事にご不満らしい。
将来的にはまた一緒に仕事を熟せるようになるのだけれど、義兄としては僕と離れる時間がある事自体嫌みたいだからね。
これは数日間はくっ付いたまま過ごす事になるなぁ……
拗ねたような不貞腐れたような義兄の姿に思わずくすり、と笑みが溢れる。
僕と一緒に居られないの事をそんなに残念に思ってくれるのかと……正直嬉しく思う気持ちがむずむずと胸に広がっていた。
こんな面倒な僕の事をいつまでも側に置いておきたいと思ってくれるのだ、この大好きな義兄は。
……恥ずかしいけど、今はお兄ちゃんの気持ちを大事に考えよう。うん。
そんな事を考えながら髪を梳く手を頬へ持って行くと、義兄は僕を膝に乗せたままテーブルに置かれたお菓子を手に取り僕の口元へ運んで来た。
んん……それで機嫌が少しでも晴れるなら…………
恥ずかしさと嬉しさを天秤に掛けた少しの逡巡の後、僕はそっと口を開く。
表面がほんのり狐色に染まるハイデザントは口の中へ入れると舌の上でサクサクとした食感とローズマリーの優しい香りを伝えて来る。
一口食べてその美味しさに目を見開いた僕は口元に手をやり喜びの声を上げるのを堪える。
噛むごとにほろりと崩れる食感も楽しい。
シンプルだけれど、だからこそ飽きのこない味だ。僕は夢中で口の中に広がる美味しさを楽しんだ。
……しかし、一度口に入れた物は胃に納めないといけない。
食塊になったそれを惜しいと思いつつこくりと飲み込むと目の前にそっと差し出されるグラス。
義兄が手を添えてくれるそれに僕は手を伸ばし口を付けた。
サクサクのお菓子を楽しんだ後の紅茶はやはり美味しい。
林檎の甘い香りを控えめに伝えてくるそれは氷で冷やされている事もあり、とても飲み易い。
こくりと喉を通ると林檎と紅茶の香りがすっと胸を満たす。
後を引かない爽やかな香りに思わず笑みを浮かべる。先程も感じたが砂糖が入れられているのだろう。舌を踊る優しい甘さが二人きりの落ち着く時間を更に楽しませた。
側に寄り添う義兄の温もりもリラックス出来る要因かもしれない。
「お兄ちゃん、これ凄く美味しいよ。お兄ちゃんも食べて」
「ん」
口を開いた義兄の仕草に僕もハイデザントを手に取りその口許へ運ぶ。
無表情の中に気に入ったという風に微かに目を細める様を見て取り、僕もにこりと笑みを浮かべる。
サクサク生地のクッキーは喉が乾いてしまうと思い義兄の分のグラスを取ろうと身体を伸ばすと、その手を掴まれ義兄の腕の中に引き戻された。
喉が乾くよ、と言おうと後ろを振り返るとそこには既に僕の口を付けたグラスを手に持つ義兄の姿が。
中に入った透き通る紅茶はグラスの傾きに従いその口許へ運ばれる。
そのままこくりと鳴る義兄の喉仏を只見つめることしか出来ずに僕は固まっていた。
そして義兄は僕に見せつけるかのようにふ、と笑うとぺろりと濡れた唇を舌で舐めた。
義兄の笑う顔が、その口元がやけに鮮明に視界に映る。なんだか無性に羞恥が募り、漸く身体を動かした僕は赤く染まる頬を見られまいと顔を俯けた。
い、今更何を恥ずかしがってるんだろう………兄弟なのだから意識する必要なんて、無いのに。
これまでだって同じ食器を共有したり同じものを口にしたりなんてあったじゃないか。
そう考えながらも義兄の方を見られずにいると、楽しそうに忍び笑いを漏らす音が耳朶を打った。
その声にチラ、と視線をやると追い討ちを掛けるように義兄がその手に持つグラスを差し出して来る。
なんて事のない、普段と変わらない仕草。
なのに僕の身体は羞恥と戸惑いで思うように動かなかった。
「ほら。ノアも喉乾いてるだろ」
ん、と再び差し出されるグラスに手を伸ばそうとするも指に上手く力が入らない。
そんな僕の様子に痺れを切らしたのか、彼は手ずから飲ませようと口許にグラスを押し付けて来た。
しかしお礼を言おうとして半端に開いたままだった僕の口は予想よりも早く流れ込んで来たものを受け入れ切れず、紅茶は端から零れ落ちてしまう。
その感覚にお互いハッとなり慌ててグラスを離す。
一先ず口の中の物を飲み下し拭く物を!と亜空間を探ろうとした僕の手はしかし義兄に掴まれてしまった。
何事か問おうと目を合わせるとそこには静かに此方を見つめる彼の姿が。
不思議な位ジッと見つめてくる義兄はそのまま僕の口許を空いている手で優しく拭った。
心中ハテナマークの浮かぶ僕はそんな合間にも首を濡らす紅茶が胸元に垂れ始めている感覚に身じろぎする。
僕のその仕草に気付いたらしい義兄が視線を下へずらす。
「悪い、汚したな」
「ううん大丈夫だよ。けど早く拭いても良………っえ?」
もう一度亜空間から布巾を取り出そうと声を掛けた僕はしかし、ぷつぷつと子気味よく外されるボタンの音に驚きの声を上げた。
気付いた時には僕のシャツは胸元をはだけられ中に着けたサラシが見えてしまっていた。
その直ぐ上を紅茶の筋がゆっくりと辿っている。
ーーーあ、と思った時にはそこに義兄の顔があった。べろりと肌を舐められる感触に思わず肩が跳ねる。
「んっ……お兄ちゃ、何して……」
あまりの事に混乱して上手く言葉を紡げないでいると彼はそのまま流れを辿るように上へと顔を向ける。
首筋を這う義兄の舌が熱くて、その感触は時々夜に与えられるものと同じで。
思わずきゅう、と目を瞑り思考を手放した。
お読み頂きありがとうございます。
久々の変態お兄ちゃん回です()
最近、ノア達の進退についてばかり書いてるので良い加減ほのぼのが書きたいです(大声)




