「宵闇、二人。」
あれからギルドの話等を聞いていたが正直心ここに在らずだったと思う。
そんな時、エミが此方へ声を掛けてきた。
「そういえば、さっきは色々あって聞きそびれたんだけど、ユニコーンと戦った時にディランの目が赤く見えたんだ。アレって……」
純粋に友人として聞こうとしたのだろうその言葉は義兄がカップをテーブルに打ち付ける音に遮られ途中で止まる。
その大きな音に一瞬シン、とその場が静まり返った。
意識して抑えているのだろう、音を出した義兄は視線を誰にも向けないまま怖いくらいの無表情で口を固く結んでいる。
すると、徐にお酒から口を離したイライザさんがエミへ向けて口を開いた。
「…坊主。老いぼれの忠告だがね………どんな立場であれ、それぞれ少なからず事情を抱えて生きてるもんだ。
野暮な詮索は身を滅ぼすよ?
冒険者として身を立てたいならそれは覚えておいた方が良い。
特に友人を怒らせたくないなら、ね」
その言葉を聞いてエミがハッとなりごめん、と謝る。
義兄はその言葉にいや、と返事を返すも手元の食器を纏め始める。そして席を立ち上がるとギルド長の元へ向かった。
「この場の空気を悪くしてしまったようなので俺は先に失礼します。
そろそろ帰らないといけない時刻ですし、リコを送って帰ります」
「おぅそうか。
エミールには後でちゃんと教えるからあまり責めないでやってくれ。今日はお疲れさん」
「はい。折角設けて頂いた席だったのにすみません。
ありがとうございました」
そのまま彼は外套を羽織ると僕へ向けて行くぞ、と一言告げる。その言葉に慌てて僕も荷物を持ち席を立った。
ズンズンと進む彼を追いかけようと動いた足を一度止め、テーブルへ振り返り頭を下げる。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました!
ジャック、エミまた今度一緒に依頼受けようね。
それでは失礼します!」
店員の人からお願いしていたお土産を受け取りながら彼の向かう先を思い浮かべる。辻馬車の乗り場ならここの通りを真っ直ぐ北に行った筈だ。
またねと手を振るミラさん達に僕も後ろ手に振りながら慌てて店を出る。初夏の夜は昼間と打って変わり少し肌寒く感じた。温くも冷たくも感じる風が襟足を擽る。
辺りはお店や商店から漏れる灯りに照らされ橙と藍色が入り乱れていた。日暮れから夜に移ろうかという街の中を僕は駆ける。
彼に追いつこうと走りながら心の中で聖霊の皆んなへ帰る事になった!と告げるとそっちに戻るよ、という返事が。
それにお願い、と応えた僕は見慣れた大きな背中に追いつき声を上げた。
「待ってディル!」
その声に彼は足を止めるも、此方を振り返りはしない。
彼の様子にゆっくりと呼吸を一つすると、一歩ずつ近付き彼の背中に手を伸ばした。
「お兄ちゃん………さっきは、僕も、ごめんなさい」
その言葉に微かに肩を揺らすも返事はない。
ゆっくりと、少しずつ伸ばした手でそっと背に触れると僕は外套越しに彼を抱き締めた。
「………傷付けて、ごめんなさい。………お兄ちゃんが僕の事嫌いになっても、僕は好きだよ。……その眼も、全部」
その言葉に彼はカッとなったように腕を解くと此方へ振り返り、僕の手を掴む。力任せに引かれる手に足を縺れさせながらも何処かへ向けて歩き始めた彼に黙ってついていく。
彼はチラ、と周囲を見遣ると人影の少ない通りに入って行った。
そしてそのまま路地裏まで連れて行くと僕の両肩を掴んで壁に押し付ける。加減してくれていたお陰で予想していた衝撃は来なかったが一切喋らない彼の様子に、僕は少し怯えていた。
「………お兄ちゃん、何……」
「……ノア」
静かなその声に恐る恐る顔を上げるとそこには此方を真っ直ぐ見つめる義兄の姿が。その瞳に映る色を見て僕は震える唇を開いた。
「お兄ちゃん………ごめん、なさい。………お願い、泣かないで」
怒っている筈なのに、何処か泣きそうなその顔に思わずそんな言葉が口を突いて出た。
その言葉に堪えきれないと言ったようにくしゃりと顔を歪ませた彼は僕の肩に顔を埋める。大きく息を吸いながら感情を抑えようとする彼の姿に胸が苦しくなり、ぎゅうと義兄の身体を抱き締めた。
「お兄ちゃん、ごめんね。嫌いになったりしないよ。お兄ちゃんの事、大好きだよ。
全部、全部………お兄ちゃんが嫌いなお兄ちゃんの部分も、僕は全部好きだよ………」
少し震える頭に手を伸ばして出来るだけ想いが伝わるように優しく撫でる。
ーーお兄ちゃんが自身の緋色を好きになれなくても、僕は大事にするよ。
ーーーお兄ちゃんが望んでくれるなら、側に居るから。
例えいつか離れるとしても。
大好きな人の唯一になれなくとも、味方であり続けるから。
通りの明かりの差さない暗い場所。
賑やかさの途絶えた路地裏で、二人の子供が静かに、ひっそりと泣いていた。




