「ヤキモチ。」
義兄に捕まったまま彼の匂いにまた若干のふわふわとした心地を覚えながらも先程の言葉を反芻する。
普段から嫉妬深いとは思っていたけれど、まさかユニコーン相手にもヤキモチを焼くだなんて………
これはいよいよ家から出させて貰えないかも……と頬を摘まれながら一人戦々恐々としていると、傍らから助け舟が。
「おいディラン。そろそろリコを離してやれ。
全く……お前達いつもそうなのか?そういうのは二人きりの時にやってくれ」
いや、バーナードさん違うんです。
皆んなの前だからこれだけで済んでるんです!
これでディルさん加減してくれてるんですよ…!
これで…………これで……………………?
え、嘘、家に帰ったらこれ以上弄り倒されるの…………?
どうしよう、この後皆んな解散!とかなったらそれこそ洒落にならない位構い倒される……………?
えぇ………………………???
何時ぞやの一晩監禁事件が頭に過り、知らず身体が震える。
うん、今度こそ理性は手離さないぞ………うん……………
……よし、身の危険を感じたら聖霊の皆んなに助けてと言おう。うん。これ大事。
心の中でうんうんと頷いていると、それを読んだかのように義兄が耳の裏を掠めるように撫でて来た。ゾクリとした感覚に身体が勝手に震える。
思わず身を縮こませた僕の事を義兄は一度離すとその胸元に顔を寄せる形でまた抱き締めた。
…………………
…………あ〜、顔を見られないように、ですね。
……その配慮をもっと他の事に発揮して欲しいです…………
何事もないかのように皆んなと会話を続ける義兄に恥ずかしさと拗ねた気持ちがない混ぜになり胸元にうりうりと額を擦り付ける。 ゆっくり息を吸うと感じる、慣れた義兄の匂い。
駄目だ。このまま側に居たら甘えたくなってしまう……
ここは家じゃない、と頭の中で繰り返し唱えていると義兄がフッと笑う気配がして優しく頭を撫でられた。
………顔が熱い。それに少し、頭がふわふわする……
いよいよ皆んなの方を見られなくなった僕は今更だ、と必死に持っていた羞恥心を脇に置いて義兄の背中に腕を回した。
…なんかイライザさんの忍び笑いが聞こえるんだけど。
可笑しいな、初めて会う筈なのに初対面な気がしない………
あれだ。僕達の遣り取りを見て何も言わずに揶揄ってくる義父さんと同じ雰囲気を感じるぞ。
いつになったら顔を出せるのかな……と半ば投げやりな気持ちでいるとギルド長が締めの言葉を紡いだ。
「よし、皆んなそろそろ帰るぞ。今日はお前達の試験合格を祝って祝杯だ!」
◇◇◇◇◇
あの後、僕達はギルド長の声掛けによりチェロの街へと戻って来ていた。義兄の上着を借りてフードを目深に被った僕は彼に手を引かれて黙々と歩き続けている。
普段から手を繋いでいる所は見られている上にあれだけ恥ずかしい姿を晒した後なので、エミ達は何も言わずに僕の事をスルーしてくれていた。
……苦笑を浮かべながら、二人共仲良くな。と言ったジャックの方を真っ直ぐ見られなかったです。
するとイライザさんの隣を進むヴァイスデーゲンが此方を振り向き僕を気に掛けるようにブルル、と小さく嘶いた。
首に掛けられた魔石がユニコーンの角を隠している今はヴァイスデーゲンも普通の白馬にしか見えない。綺麗なその毛並みは傾き始めた日の光を弾いて淡黄の色に染まっていた。
規則正しく揺れるその綺麗な尻尾に視線を向けた僕はカホちゃんを思い出し、そっと笑みを溢す。
と、急に繋がれた手を強く引かれ僕は小さく声を上げた。
思わずバランスを崩しそうになり慌ててフード越しに上を見上げると、そこには近付いて来る義兄の顔が。
ーーそしてそのまま柔らかな感触が額に触れた。
………………〜〜っ!!
一行の最後尾を歩いていたからヴァイスデーゲン以外には見られていないのが救いだけど……!
……いないが故に、皆んなに知られたくなくて抗議の声を上げられない。
そんな僕の声にならない声を聞いて先程より身体を寄せた彼は満足げにフ、と笑った。
ーーー恥ずかしさから余計に義兄の腕にしがみ付いて只ひたすらに歩いているとやがて皆んなの歩みが遅くなる。
僕はフードの合間から顔を覗かせ目の前に建つ冒険者ギルドを見上げる。
夕暮れ前の、黄色っぽい光に照らされた建物は物言わずとも僕達の帰還を待っていてくれた。
◇◇◇◇◇
「……それじゃあ見習い達の試験合格を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
賑やかな乾杯の音頭の後に続いて掲げられるジョッキ達。
あの後ギルドで正式に試験の合格を申し伝えたギルド長は、イライザさんや一緒に合格を祝ってくれたギルド職員の数名と共に僕達をギルド近くの酒場へと連れて行った。
メンバーの中には僕達を試験へ送り出してくれたミラさんも居る。
未成年が酒場に来て良いのか……と頭を過ぎったけれどミラさん曰く、見習い冒険者の合格祝いで酒場に来るのは恒例なんだとか。酒場の人達も知っている事なので未成年の子にはちゃんとアルコールの類は出さないでいるらしい。
かくいう僕の持つ木製のカップの中にも果実水が入っている。
この国の成人が16歳なのでそれまではお酒はお預けだ。
………正直、麦酒や発泡酒は苦手だから呑まずに済んで良かった。
甘い果実酒かスッキリとした味の清酒なら飲むんだけどな〜
どちらにせよ、成人までのお楽しみかな。
そんな事を考えながらテーブルの上に並べられた数々の料理を視界に入れる。
あ〜美味しそうだな〜………あのアイスバインとかお肉がほろほろなのが見ただけで分かる………食べてみたい………………
けれどそんな思いをグッと堪え僕は果実水をちびちびと飲む。
何故って?
……………ボイコットしてるからです。
と、僕の視線に気付いたミラさんが笑みを溢しながら大皿に乗せられたアイスバインを取り分けてくれた。
その気遣いを非常に有り難く思いながら僕はお礼を言い小皿を受け取る。
まだ湯気を立てている塩漬け肉は食べた端から崩れ落ちそうな程柔らかく煮込まれている。
う〜…やっとご飯が食べられる…!
待望の料理を前に僕は目を輝かせながらナイフとフォークで食べやすい大きさに切り分けると添えられたマスタードをつけて徐に口に運んだ。
……んん〜、美味しい…………っ!!
ホロホロのお肉が口の中で崩れていく……!
少し濃いめの味付けはお酒に合うようにだろうけど、これだけでも十分楽しめる……!
漸く口に出来た料理に僕は夢中でフォークを動かし食べ続ける。一日動いた後のご飯はやっぱり美味しい…!!
僕のそんな様子を見て隣に座るミラさんがポメスやブルストを小皿によそいながら口を開いた。
「ふふ、沢山食べてね。
でもリコ君………いえ、リコちゃんもあんなにグイグイ来られたら困るわよね?」
「あの……さっきは本当にすみませんでした」
美味しいご飯とは打って変わって沈んだ僕の言葉を聞き、ミラさんとは反対側の隣に座るイライザさんがジョッキから口を離してケラケラと笑う。
「あの坊主、強さとデカい図体を持ってる癖に狭量だなんて案外小さい男なのかい?」
「狭量というか……ヤキモチ焼きなんだと思います。
でも……あれだけは許さないので」
そうムスッとしながら言う僕に既にほろ酔い状態のイライザさんはまた声を上げて笑う。
壁際の席、両隣を女性陣に守られている僕は、終始向かいの席から送られてくるジトっとした視線から逃れるようにまた果実水に口を付けた。




