「弛緩と緊張。」
「嘘だろ……リコ、お前……女……っ!?」
「あ〜だからか……ディランが過保護な理由がやっと分かった」
「あはは…………自分でも意識する事があまり無かったんだけど……ユニコーンの特性を忘れてました。ごめんなさい」
「…………はぁ」
先程までの戦闘で緊張していたのが嘘のように今は気の抜けた空気が流れている。
まじまじと僕を見つめる二人の視線が痛いです………
はい。始めから僕が女装(?)してユニコーンの前に出れば良かったんですね。
皆んなに退避ではなく戦闘を促したのは他の理由もあるけど、あんなにワクワクしながら戦略を考えていたのが時間の無駄だったとは………
「いやでも、僕相手だとユニコーンがどう出て来るか分からなかったし、有効だとは考えもしなかったよ。
それに処女って言っても"純潔の清らかな乙女"って意味でしょ?………僕に当て嵌まるとは考えもしなかったよ」
深窓の令嬢でもない限り乙女なんて当て嵌まらないだろうし、見た目も普段から男の子に見えるようにしてるし。
そもそも生まれ変わる前から清らかな性格でも少女趣味でもない。
それに今の僕は男の面も持ち合わせているから本当に当て嵌まるとは考えもしなかったよ。
僕の何がこの子の好みだったのか分からないが、正直ユニコーンに触れる機会なんて滅多にないしモフれるのならこの機会に存分にモフっておこう。
という事で、ユニコーンのストライグゾーンは広いと解釈した僕は身体を預けてくれる愛らしい生き物を思う存分モフる事にした。
あ、そうだ。もう拘束しなくて良いよね。
蔦に離して、と魔力を流しながら影縛りも解除する。
すっかり身体を委ねてくれているユニコーンは甘えるように前脚で柔く空を描いた。
よ〜しよし、こうして撫でてみるととても可愛い生き物だよねユニコーンって。
真っ白な毛並みがとても綺麗だな〜……あ、この子首を撫でられるの好きなんだ。
あ〜………出来るならずっとこうして戯れていたい……
ユニコーンのリラックスし切った様子に拍子抜けしたように手に持つ剣を鞘へ仕舞ったエミは、此方へ近付くと不思議そうに僕の顔を覗き込んで来た。
「は〜……リコが女……………
いや、でも確かに言われてみれば女に見える………あれ?ていうか、凄く可愛「エミール」
不機嫌そうな義兄に遮られたエミの声は途中で止まる。
義兄は、僕とエミの間に立ち塞がるように進み出て来ると僕を隠すように視界を遮る。彼の不機嫌オーラMAXなその様子にエミがたじろいだ。
「エミ、それはリコに失礼だよ。ディランも悪い。もう変な事言わせないからこの話はこれで終わりにしよう」
年長者のジャックが仲裁に入る。二人はお互いに謝りながら素直に離れるも、次に義兄は僕に対して厳しい目を向けた。
「お前も……俺が逃げろって言ったのに残って………分かってるだろ。もしもの事があれば、」
「でも僕の魔法役に立ったでしょ?
この子がどうして現れたのかも予想出来た以上、もしもの事は起こらなかったと思うよ。
とは言え、ユニコーンを相手にするとは思わなかったけど」
「………はぁ」
「ん……ちょっと待て。リコ、ユニコーンがどうして現れたのか知ってるのか?」
「うん、だって……「これが見習いの試験だったからだ」
僕の声に被せるように別の声が辺りに通る。
そして僕達の背後から突如現れた3人の人影にエミとジャックが驚きの声を上げた。
まるでお化けにでも遭遇したかのような二人の反応に、悪戯が成功したと言ったようにくつくつと笑う男性ーーーギルド長は快活な笑みを浮かべ口を開いた。
「まさかユニコーン相手にここまでやるとはな………お前達、合格だ!」
「試験……?」
突然現れた3人に始め後退っていたエミとジャックだったが、相手がギルドの人間だと分かるとその足を止めた。
そしてギルド長の口から齎された言葉にエミが唖然としながら呟く。ジャックは得心したように肩の力を抜いてホッとした様子を見せたが、義兄は静かにギルド長達3人を見つめていた。
今回仕事にジャックも同行させた事から今日が恒例の見習い試験日だとは早々に予想が付いていた。
恐らく魔物に遭遇した際の咄嗟の判断力、対処法等を見極める算段だったのだろう。ユニコーンは強敵だが一番の武器である角を突進で上手く木に刺せば逃げる猶予が生まれる。
冷静に逃げられるかを見極めようとしたのに思いがけず戦闘の流れに、しかも善戦し始めたから今の今まで隠れて観察していたのだろうけど………
………一人は姿を消す隠密魔法要員に同行したギルド職員みたいだが、ギルド長ともう一人の人物は気配が全然無かった。
索敵に探索魔法とサーモグラフィーの魔法を広範囲に展開していたからギルドからずっと此方を追跡しているのには気が付いていたが……
ーーー鑑定の加護で調べようとしたら妨害された。
ーーー此方が探ろうとした事に気付かれていたら、不味い。
念の為、鑑定持ちだとバレないようギルド長達が近づいて来てからは加護を発動させなかったけど、お陰でユニコーンの分析が出来なかった。
緊張を悟られないようユニコーンに顔を向けその鬣を撫でる。
エミとジャックの緊張から解けた声が辺りに響く中、気取られないよう静かに頭を働かせる。
ーーー愛し子という存在を誰が利用しようとするか分からない。
ギルド長たち冒険者は大事な先達だし悪人ではないが、味方だと断定出来ない限り情報はなるべく隠さなければならない。
ーー手の内は、明かせない。
言葉少なな僕と義兄に気付いたジャックが何事か言おうとした時、ギルド長が口を開いた。
「しかし今回の試験、魔物と遭遇した際冷静に退避出来るかの見極めを行う予定だったのに………戦う事を選択するとはな。
しかもあそこまで動けるとは……お前達、あれが本当に全力か?」
そういうと彼は義兄と…………僕に対して隙のない瞳を向けニヤリと笑って見せた。
此方を見定める眼をしたギルド長に内心ヒヤリとするも、表面上は落ち着いた様子を崩さず口を閉じる。
すると、微かに流れ出した不穏な空気を掻き消すように義兄が溜め息を吐いた。
「師匠………救援用の煙筒焚いてるの見えてましたよね。出てくるのが遅いです」
「そうか?思いもよらず善戦出来ていたから様子を見ていたんだが……まさかリコが女だとは!」
「師匠」
不穏な空気から一転、揶揄うように笑うギルド長に不機嫌さを隠しもせず鋭い視線を浴びせる義兄。
あ〜…バーナードさん完全にお兄ちゃんを揶揄いにいってるな。
探るつもりなのか知らないけど、その皺寄せはこっちに来るからどうかそっとスルーして欲しいです……
その煽りの余波は後々、全部僕に向かうんですよ………
今日はヤキモチ全開な義兄に何をされるのかと明後日の方向を向きながら半ば恐々としていると案の定、理性<ヤキモチの心境に至った義兄が僕をユニコーンから引き離そうとする。
力任せに僕の事を抱き起こそうとする彼に慌てて口を開く。
「んぅ……ディル、離れるから少し待って」
「もう良いだろ。俺とジャッカスの試験だと分かってたから二人は逃がそうと思ったのに…………お前は残るとか言うし、他の男ばっかり構うし」
「いや、他の男と言っても子供だし……」
「違う。そこの魔物だ」
「ユニコーンの事?!」
あ、そうか。処女に恋するなら雄か。
なんて呑気な事を考えていると不意に落ち着いた声が僕達の耳に届いた。
「おや。私の大事な相棒を魔物呼びするとは良い度胸じゃないか坊主」




