「強敵。」
それは木々の向こうからゆっくりと此方へ向かって来た。
大地を踏み締めるその蹄は硬く、悠々と靡く鬣と尾は木漏れ日の光を弾き白く輝いて見える。此方を認識しても尚、悠然と前へ進み続けるその姿は勇敢さと強さを表すようだ。
何より額から伸びる螺旋状の一本の角がそれが何者かを物語っていた。
ーーーだが、その瞳は獰猛な色を孕み此方を強く睨み付けている。
「……うそだろ。まさか、一角獣か…っ?」
「こんな街近くの森に居ない筈だろう……!」
「二人共落ち着いて……」
僕達は恐怖と驚愕にその場に足を縫い止められたように動けなかった。エミとジャックの恐怖で上擦る声が微かに空気を震わせる。
誰も一歩も動けない中、聖霊の皆んなが姿を消しながらも僕に合図をしてくれて我に返った僕は皆んなの立ち位置を確認する。
義兄は油断なく剣に手を掛けているが流石の大物に逡巡している。エミ達が恐怖に混乱しているこの状況下では格好の的になってしまうからだ。
………不味いな。ユニコーンを視界に捉えながら素早く頭を働かせる。僕も義兄もこの魔物の接近には気付いていた。
だが、ユニコーンが姿を現すほんの数秒前は100mは先に居た筈だ。
つまり、この魔物は草木の茂り障害の多いこの森の中をそれだけの速さで動き回れるという事になる。
保有している魔力量からして大物であるのは確実だった。だからこそ、まだ近付かれない内に二人をそっと退避させようと考えていたのだが……
まさか、藤級の中規模パーティが対処するというユニコーンが現れるだなんて。
……不意を突かれれば、確実に、倒される。
もしもの場合は聖霊の皆んなが対処出来るだろうがそれは最悪のパターンを想定した奥の手だ。聖霊の皆んなが姿を表した時点で僕の存在もバレてしまう。
家族以外の他者が居る状況下では可能な限り自分達で対処しなくてはならない。
すると、すぐ隣に居る義兄がそっと囁いた。
「ノア、俺が足止めをする。その隙に可能な限り逃げろ。助けを呼べば大丈夫だろう」
「駄目…!彼奴お兄ちゃんよりも速いんだよ。僕も残る」
「駄目だ。お前は逃げろ」
「逃げてる暇ないよ。…戦おう」
退かない姿勢を見せる僕に彼はさっと視線を向けるが、やがて諦めたように息を吐く。そうしている間にもユニコーンは此方へ近付いてくるが襲ってくる気配はない。
ユニコーンというのはプライドの高い生き物だ。まず誰から相手をしてくるのか見極めているのだろう。
ーー覚悟を決めた僕とディルは視線を交わすと一つ頷き、動いた。
義兄はユニコーンの正面に、僕は横へ走ると声を上げた。
「エミ、救援用の煙筒焚いて!!」
「え、あ……っぁあ!」
「ジャックはディルの援護をお願い!」
「…っ分かった!!」
そう言っている間に魔力の練り上げと加護の展開を同時に行う。動きを見せた僕達の様子にユニコーンは昂るように嘶いた。
守護と身体強化の加護を4人へ同時に掛けた僕は次に義兄に対して魔法を展開した。
「ディル、動きを速くする!避けられない攻撃は僕に任せて!!」
「ああ」
加速魔法で速くなった義兄が先陣を切る。
身体強化で脚力の強くなった身体を更に速くし、地を駆けるその姿は狩猟豹のようだ。
自分以外の全てが遅く感じる世界の中、彼は剣を構える。
そして狙いを魔物の額へ定めると一直線にユニコーンへ向けて駆けた。
相手を定めたユニコーンも角を構え地を蹴る。
標的に向けて突進する獰猛な魔物は蹄を鳴らし少年の剣士を鋭く見据える。
剣と角が交差しようかというその時、彼が動いた。
姿勢を低く取り、体を横へ滑らせると角の真横を潜り魔物の脚へと剣を向けた。その急な動きに魔物は対応出来ずに真っ直ぐ向いたまま攻撃を躱す事も出来ない。
そのまま彼は身体を捻り剣を振り払った。
ーーフェイントを仕掛け確実に脚を狙った攻撃は当たった、筈だった。
剣を振る鈍い音の後、次の攻撃を仕掛けようと振り返った彼はしかし、そこで動きを止める。
ーー確かに切った筈の前脚は、傷ひとつ付いていなかった。
僕はその様子を見て愕然とする。
そんな、まさか此奴、自身の魔力を操作して………っ!
その場に踏み留まった魔物はブルル、と尊大に嘶く。
そしてゆっくりとディルへ身体を向けると、相手を威圧するかのように鋭く見下ろした。
魔力操作で攻撃をも防げるというのなら、何なら倒せるの……?
ーーー圧倒的な強さを前に、僕達は身体を震わせた。




