「チートと社畜は紙一重。」
あれからあっという間に2ヶ月が過ぎた。
初夏を迎えたブルースの町は日が伸びて来たが相変わらず過ごしやすい陽気が続いている。
雨は時折降るがパラパラと降ったと思うとすぐに止むようなものばかりだ。
そして今月、満を期してコウトク商会が無事開店を迎えた。商会設立の告知を事前にしていた事もあり早速お客さんも来てくれている。
テナー商会の頃から商品の遣り取りをしている取引先ともニールさんを窓口として恙無く引き継ぎを終えこれまで通り納品出来ている。
何より僕の商品専用の工場が出来た事が大きい。
これまで家事の合間にちまちま作っていたのが嘘のように安定した量を作れるようになったので僕は精製水作成の為の浄化と各種加護の付与を行えば良いだけになった。
当初は商会へ足を運ぶのが週2日だけで大丈夫かと心配したがニールさんと相談して雇った事務担当の従業員も居る為、僕やニールさんがお休みの日でも現場は回るように出来ている。
その分のんびり出来るのでオーダーメイド分を作ったり勉強に使える時間が増えた。組紐作りもしたい所だけれど秘策がある為今日は勉強を優先する。
ーーお小遣い稼ぎに始めた組紐だが行商隊の人に聞いた所、有難い事に年々人気が高まっているらしい。
僕は平打ちと呼ばれるリボン状の平べったい物と丸打ちと呼ばれるロープ状の物をよく作っていたので行商隊に卸しているのもそれらばかりだ。
四角いシルエットになる角打ちも教わったが飾り結びにするには専ら丸打ちなので僕はあまり組んだ事がない。
丸打ちにした物を梅結びや総角結び、菊結びにしたアクセサリーと、平打ちにした物をブレスレットにして卸しているがそもそも組紐一本組むのが物凄く時間が掛かる代物なので組んだ端からそのまま卸しているのが殆どだ。
何でも平打ちの長めに組んだ物は旅人の無事を祈る御守りとして足元を彩る靴紐に使われているとか。前世で考えなかった使い道に思わず感心してしまったが、人気と比例して組紐の受注数が増えて来たのが難点だ。
50cmの物一本作るのに大体5日掛かるからね………組紐を教えてくれたおばあちゃんはその長さを3日で終わらせていたから本当に凄い。
組紐を組むのは根気と時間が必要なのです。家事と仕事の合間にやるには少々時間が足りない。
そこで僕は神様公認のチートを使う事にした。
光と闇の魔力を練り上げて生み出す亜空間。時間が止まっているこの空間を応用して僕だけ時間を進められないか、と考えた。
魔法で時間を停められるなら逆に早くする事も不可能じゃないと魔力をこねくり回した僕は………加速魔法を生み出す事に成功した。
これを時間の止まっている亜空間の中に入った状態で発動させてひたすら組み続けるという作業法を編み出した。
亜空間の性質として中に入ると変化が起こらなくなる。
生き物が入っても問題ないみたいだが、入っている間は眠たくもお腹が空きもしない。
呼吸や運動は問題なく出来るのだが時間が止まっているという性質上、動いたからといって代謝が起こる訳でも筋力がつく訳でもないらしい。
では、時間が止まり変化の起こらない場所で丸台の周囲だけ時間を進めてみたら?
ーーー結果は予想通り。
亜空間の中に居ながら時間を進める事が出来、且つ時間軸はあくまで亜空間が基準なので外に出れば亜空間に入った直後に戻れる。
これで僕は作業時間を大幅に短縮する事が出来た。時間に追われないでのんびり組紐を組めるから日常では他の事に時間を使える。
………これをブラック企業が取り入れたら社畜が量産されそうだ。
この方法の危険性も理解しているから僕は聖霊の皆んな以外には教えていない。
そもそも亜空間を出せる僕以外出来ない方法だけども。
身体への負担とかも分からないしね。時間の法則を弄っているのだから何が反動で起こるか分からない。
聖霊の皆んなから安全だとお墨付きを貰えたから使っているけど、やっぱり他の人にはお勧めできないかな。
◇◇◇◇◇
組紐作り以外では極力使用しないと決めた僕はダイニングのテーブルに本とノートを並べフィリと共に勉強をしていた。
僕が教科書にしているのはミシェルさんの本屋で購入した魔物大全という図鑑だ。
これと近年の魔物による被害情報と冒険者が討伐したという魔物の記事が載った新聞も幾つか借りて来ている。
魔法の存在する世界だ。やっぱりこういう生き物の話を聞くとワクワクする。
義兄やフィリがキラキラした瞳をするのも分かる。
前世で空想だった生き物達がこの世界には居るのだ!出来るならこの目で見てみたいし、撫でてみたい!
いや、殆ど会った瞬間命を狙われるのだけれど。なんなら僕も討伐してるけれども。
天馬や魔栗鼠なら人にも懐くんだけどな〜
これらの生き物も魔力を有しているが人を襲う事はない為、魔物とはまた細かい区別がされている。
ペガサスは王侯貴族の移動手段に重宝されているしラタトスクは魔力探知に優れている為、魔物に遭遇しない為の索敵………魔除けとして旅の人や行商人に重宝されている。
ご飯をくれる人によく懐くのでペットとしての需要も高い。なんでも自分好みの魔力を持つ人にも懐くとか。
この辺りでも偶に要人を乗せたペガサスの馬車が空を舞う姿を見られる。
前世でいう所のヘリコプターや飛行機の感覚らしい。空飛ぶ馬車とかファンタジー過ぎて初めて見た時ははしゃいじゃったよ。
ペガサス良いなぁ………その背中に乗って飛んでみたい。
飛ぶといえば、この世界なんとドラゴンも居るんですよ……!
前世冒険小説を読んで一目惚れした大大大好きなドラゴンが!!
滑らかな硬い鱗に覆われた巨躯に撓う尻尾。力強さと知性を讃える瞳に鋭く覗く牙と大きく鋭利な爪。
風を纏う大きな翼を広げ大空を舞うその姿は美しさすら兼ね備え、各国の国旗や紋章に古くから使われる伝説の幻獣。
雄々しくて気高くて知性に溢れ自分達の価値観で長い時を生きる雄大なドラゴンが!この世界には!!居る!!!
出来る事なら一度で良いからこの目で見てみたい……!
実は冒険者見習いを志望したのもそれが動機の一部だったりする。お兄ちゃんの事が心配だったのが一番の理由なのだが、強く剣の才能もある彼とならいつかドラゴンを見る事も夢じゃないかも、と冒険心が顔を出したのだ。
しかし現実は厳しい……ドラゴンの姿を見た者は殆ど居らず子供達に聞かされる逸話は半世紀以上前の出来事ばかり。
世間では伝説扱いされている神聖な幻獣は、元々が気まぐれな性質で興が乗らない限りは人里まで滅多に降りて来ないのだという。
最後にドラゴンが目撃されたのは約80年前、ユーヴァロン山脈の麓。
この辺りのドラゴンの生息域がユーヴァロン山脈最高峰の山とされているからこの情報は合っている筈だけれど……
………いっそ空間転移で飛ぶか?
亜空間にサバイバルセットと食料仕込んで加護と魔法ガン積みで乗り込んだらあの辺りの強力な魔物にも太刀打ち出来るかも。神聖視されているあの山に入るのには本来許可が必要だけど、そもそも普段から人が入らないから誰にもバレずに行けると思う……!
そんな事を考えていると向かいに座り同じように勉強をしていたフィリが不意に顔を上げた。
「ノア兄なにか楽しそうなこと考えてる?」
「え?そう見える?」
「うん。だってディル兄もノア兄も目がキラキラするから分かるよ。」
「あ〜……そんなに分かり易いかなぁ。」
義妹の指摘に苦笑を浮かべる。無意識だから僕は分からないけど、確かに兄妹二人共目に感情が出易いかもしれない。
なに考えてたの?というフィリにニコリと笑みを浮かべて手元の図鑑を差し出す。古めかしくも迫力のあるタッチで描かれたドラゴンの姿にフィリが楽しそうな声を上げる。
僕達兄妹はあれこれとお喋りしながら揃って本を食い入るように見つめていたーーー




