「お義母さんの事。」
アミーシャさん………墓石に彫られた享年は48歳となっている。
……年齢から察するに奥さん、かな。
義父さんは地面に膝をついたまま、静かに話し始める。
「お前を亡くしてからもう7年か……時間が経つのは早いね」
義父さんはそう言い墓石にそっと触れる。
その手が優しく触れる石はけれど、何も応えない。
「アミ、お前に紹介したい子が居るんだ。前に話した冬の中、捨てられていた子だ。今日、正式に私の養子にしたよ。………ノア、お前のお義母さんだよ」
そう言い腕の中から墓石がよく見えるように身体を向き直してくれる。
お義母さん………初めまして。義父さんに今日名前を付けて貰いました。ノアと言います。
義父さんに拾って貰ったこの命、大事にします。どうか、天国から見守っていて下さい。
目を閉じ、黙礼する。義父さんは声一つあげない僕に何も言う事なく、黙って見守ってくれていた。
「アミ、お前の好きな沈丁花が今年も咲いたね。家に植えてある沈丁花も咲いてくれたよ。今年も良い香りを運んでくれる」
しみじみと呟きながら、義父さんは目を細める。
あの花はお義母さんが好きな花だったんだね。
尚更、沈丁花に愛着が湧いた。
両親の大事にしている花木だ。芳しい香りは僕も好きな香りだった。
「……お前に子供を授けてやれなかった不甲斐ない私を許してくれ。花も懸命に実を結ぶのに、私はお前に何も残してやれなかった。」
義父さんの言葉に二人に子供がない事を察した。どうやら、子宝には恵まれなかったらしい。
義父さんの口調から察するに、何かしら義父さんに子供を授からない要因があったのだろう。
この世界、不妊治療の技術はあまり進んでいないのかもしれない。
日本でも、不妊治療で悩む夫婦は多かったと聞く。
保険も適用されないので高額な上に、年単位で治療を続けているケースもあるらしい。
海外では、人工受精や代理出産という方法が確立していたが、日本では倫理観の視点からこれらは導入されず、子供に恵まれない夫婦は多かった筈だ。
ーー暫く、お墓の前で語り掛けた後、義父さんはその場から立ち上がった。
長い間同じ姿勢だった為、痛そうに腰を伸ばしている。
ごめんね、僕を抱え続けてくれていたから余計腰が辛かったと思う。
けれども、そんな事はおくびにも出さず、穏やかに僕に笑い掛けると霊園の出入り口に向けて歩き始めた。
今日は、僕の事と義父さんの事を知れた一日だったな……
正直、今は僕の体の事よりも義父さんの様子の方が気になる。
普段からお喋りという程ではないが、お墓を離れてから黙ったきりだ。
ーーー入口で暫く待つと先程の辻馬車がやって来た。
花を抱えた女性と年配の夫婦の二組が降りてくると、入れ替わるように中に乗り込む。
こうして義父さんと二人、我が家へと帰って行ったーーーーー