「退院。」
次に目が覚めた時にはもう夜だった。
隣には当たり前のように義兄が居てベッドの中で僕を包むように眠っている。
………マジか。あのライネル先生を説得できたのか。
思わず寝惚け眼で遠い目をする。
カーテンの閉められた暗い療養室は白い壁も相まって冷たい印象を受ける。何処か無機質な室内だが衝立で仕切られている向こうから微かに人の気配がした。
僕の他に何人か入院されている患者さんが居たからその人達が眠っているのだろう。
昼間の騒ぎの際にご迷惑を掛けてしまったから退院したらお詫びと快気祈願で何か贈り物をしたいなぁ………
何人かはニールさんの勘違いを聞いて同じように笑ってたけど……思い出したら穴に入りたくなって来た。
今度は別の意味で遠い目をすると掛布を引き上げもぞもぞと義兄の腕の中で身体を丸める。
すると眠っている義兄が寝惚けながら僕の事を抱き締めた。起こしたかと思ったがそのまま義兄は静かに眠り続けている。
普段は大人びて見える彼も穏やかに眠る姿は年相応に見えた。
……普段忘れそうになるけどまだ12歳なんだよね、お兄ちゃん。
早い子だと反抗期が始まってもおかしくない頃だが義父さんやフィリとは普段喧嘩や言い争いをする事もなく仲良く過ごしている。僕に対しては……少し意地悪かな?
義兄は身体もだが精神の成熟も早いのかもしれない。
この世界では仕事を任せる平均年齢がかなり低い事情もあるから社会経験を積んだ事での成長も否めないけれど。
そんな事を考えながら腕を伸ばして義兄の顔に掛かる前髪を優しく払う。ふわふわの髪に隠れてよく見えなかった顔が顕になった。
義兄の顔は前世の価値観でも整っている方だと思う。
初対面の人は接しがたい印象を受けるかもしれないが、話せばちゃんと言葉を返すし不器用だが優しさも持ち合わせている。判断力や物事の処理能力も僕の地頭なんかよりよっぽど優秀だ。
体格と運動神経に恵まれた彼は後数年もすれば冒険者として立派に成長するだろう。もしかしたら義父さんのように功績を残すかもしれない。
……そうしたら同年代の子から好かれるんだろうなぁ。
もう慣れた痛みに思わず苦笑する。大丈夫、それが大事な家族の幸せに繋がるならきっと耐えられる。
……何時までこの距離のままで居られるんだろうね。
言葉に出せない問いの代わりに義兄の頬にそっと触れる。
すると義兄が寝ぼけながら頬へ当てた僕の手を掴み胸元に引き寄せた。そしてそのまま僕の手をその大きな手で包み込むと一つ息を吐きまた眠り始める。
その仕草と温かい体温に心が満たされ僕は瞼を閉じる。
ゆっくりと思考を手放し取り留めのない物事が頭の中に流れ始めると、それ程経たない内に再び眠りへと意識が落ちて行く。
ぼんやりと微睡む意識の中、頭の中でいつ聞いたか朧げな義兄の声が響いた。
「……ーーノアは俺の全てだから。」
………………あれも、夢だったんだろうな。
◇◇◇◇◇
「…では処方したポーションは必ず飲み忘れないようにお願いします。ノアちゃん、もう無理をしてはいけませんよ。
お大事に。」
「はい。この度は本当にお世話になりました。
ありがとうございました。」
翌日、午後の診察で無事退院の許可を貰えた僕は診療所の待合室でライネル先生と女史の方達に見送られていた。
僕の隣には義父さんと義兄が居て一緒にお礼をしてくれている。
「インディルくんも何時でも相談に来てくれて構わないから。また変化があれば此処に来るんだよ。」
「はい。ありがとうございます。」
義兄とライネル先生のその遣り取りに、ん?と疑問が湧いたが何事か言う前に義父さんが口を開いた。
「ではそろそろこの子を家で休ませたいと思います。
ライネル先生、この度は重ねてありがとうございました。」
「いえ、これ位医者として当然ですよ。お子さん達に何かあればまた何時でもお越し下さい。」
「今度はやんちゃをしないように良く見ておきますよ。」
「ははは、宜しくお願いします。」
二人のその言葉に首をすくめる。女史の方もくすくすと笑って僕達に兄弟仲良くね。と言い優しく頭を撫でてくれた。
ごめんなさい、二度とはしゃぎません。
もう一度ぺこりとお辞儀をしてから僕達は診療所を後にしたーーーー
ーーーー「お帰り!ノア兄!」
我が家の玄関を潜ると同時に腹部に感じる軽い衝撃。
僕の胸に飛び込んで来た愛しい天使は満面の笑みを浮かべるとその細い腕で一生懸命にぎゅうと抱き締めてくれた。
僕も一晩会えなかった可愛い義妹の頭にうりうりと頬を寄せ再会を喜ぶ。
ん〜昨日はフィリと一緒に眠れなくって寂しかったよ……!
くるくるの髪を撫でる事も寝る前の子守唄を歌ってあげる事もお休みのキスをする事も出来なかった。
昨夜は義父さんが一緒に寝てくれたと思うけど、やっぱり寂しい思いをさせてしまった。
「昨夜は一緒に居られなくて本当にごめんね。今日はフィリのしたい事、沢山しようね。」
「うん!……あ、でも……ノア兄今日は休んでないと、ダメだよ??」
……………っんんん、あざとい!可愛い!!あざと可愛い!!!
家の義妹は可愛すぎか、小悪魔なのか、いや天使だ………!!
なんなんだこの可愛い生き物は。僕をどうしたいんだ。萌え殺すつもりですか。
小首を傾げながら困った顔でダメだよ?は反則だと思うの。
僕に抱き着きながら上目遣いのうるうるな瞳で見つめて甘えたいの我慢してるのバレバレな声で言ってくるの………
そんな可愛い顔で言われちゃったら頷かない訳にいかないじゃないですか。
今日は全てフィリの仰せのままにします!!!
フィリの可愛さに(抱き締めて頬擦りしながら)悶絶していると呆れたように義兄が声を掛けてきた。
「二人共こんな所に立ってないで良い加減ダイニングに行くぞ。」
「ん〜もうちょっと………」
「ノア」
「……むぅ」
もう少し久々のフィリを堪能していたい僕は唇を尖らせる。
義兄はそんな僕を見て無言の圧を掛けてきたがやがてふ、と口元に笑みを浮かべると僕に手を差し出した。
「おいで。」
「……うん。」
差し出された手に素直に右手を重ねると指の腹で優しく撫でられる。反対の手はフィリと繋ぎ二人に引かれるようにダイニングへ進む。
今日は僕が倒れた事を聞いたスーザンさんがお見舞い代わりにレープクーヘンを焼いてくれたらしい。わたしも一緒に手伝ったんだよ!と嬉しそうに笑うフィリに僕も笑みを浮かべる。
スーザンさん特製のレープクーヘンは僕達の定番のおやつだ。確か新作のハーブティーがまだ残っていた筈だからそれも一緒に出そうか。
オルガちゃんがくれたポプリもテーブルに飾ったら綺麗かな。
今日は僕が義父さんに珈琲を淹れてあげたいな。
ダイニングから聞こえるスーザンさんの明るい声に釣られ足が早くなる。
さぁ、まずは皆んなとのお休みを満喫しよう。
暫くゆっくり休養を摂ってそれからまた商会へ出向こう。昨日は迷惑を掛けてしまったけれど、案外僕は忙しくも充実している今を気に入っているのだ。
ーーーそうして季節は巡り初夏を迎えた。
季節は冬真っ只中ですが、次回から初夏に移ります。
(現実との時間差が凄い)
流石に宜しくないと申し訳程度のクリスマス要素にレープクーヘンを入れてみました。
皆様、今年のクリスマスはどうお過ごしでしょうか?
自分は仕事の一言で片付きます。はい_(:3」z)_
何時からプレゼントを貰うのではなく、あげる側になったんでしょうね……(真理)




