「馴れ初め。」
養父グレイヴスさんの生い立ちと馴れ初め回です。
この人もなかなかキャラが濃かった……
ーーーグレイヴスは元々、東に隣接する聖ソリュンテーゼ国の一貴族。代々続く名門ウィーネブルク伯爵家の分家筋の長男として生まれた。
分家とは言え、名門貴族の血を受け継ぐ家の当主となるべく幼い頃から勉学に真面目に励んできた彼は3属性の豊富な魔力にも恵まれどんどん才能を開花させていった。
将来本家の支えとなる為、領地の民を栄えさせる為に様々な分野の勉学を納め、王立学園に入学して一年経つ頃にはその優秀さを買われ隣国への留学の切符を勝ち取るまでとなった。
他国の情勢や産業を自身の目で見られるまたとないチャンスに彼は喜び隣国へ渡った。
そこで受けられる授業、実習、高名な学者の研究論文を意欲的に吸収していった彼は次に市井の様子にも目を向けようと考えた。
元々ソリュンテーゼでも王都の庶民街や領地の町村にも足を向ける事に抵抗のなかった彼だ。
留学先で知り合った一文官の息子であるファーザーと共に市井へ何度も足を運び………そこで生まれて初めて恋をした。
庶民街の中では老舗とされる文房具店、そこで奉公として下働きをしていたまだ14歳の少女。
ーーーそれがアミーシャだった。
小麦色の髪に黄色の虹彩が混じった栗色の瞳。
おさげにした髪を跳ねさせながら元気に店内を駆け回り、健気に仕事に勤しむまだ幼さの残る彼女にグレイヴスは一目惚れした。
それまで色恋なんて縁がなく本家の紹介した娘と結婚するのだろうとぼんやりと受け入れていた彼が初めて自身の意思で、自身の立場に関係なく求めた存在。
己の立ち位置を幼い頃から理解し、理性的に物事に取り組んで来た彼が感情で行動を起こしたのは、恐らく幼児の頃以来だっただろう。
そんな彼が恋情を動機として取った行動はーー少女の追っかけだった。
「っぶ!」
「っふは!追っかけ、ははは!」
ファーザーさんの口から語られる義父さんの生々しい恋愛談に思わず、口に含んだお茶を吹き出しそうになった。
隣に座るニールさんは早速ツボに自らの片足を突っ込み始めている。けほけほと咳き込みながらニールさんに声のボリュームを落とすようとに手を振る。
防音魔法は発動しているがこの話の続きが聞けない。
くつくつと笑うファーザーさんへ視線を向け話の続きを促すと彼は呆気らかんと簡潔に締めくくる。
「で、恋愛のレの字もなかったヘタレな彼奴はまだ幼い少女を遠目から追っかけるしか出来なかったが、祖国へ帰国する直前に漸く手紙の文通をするまでに漕ぎ着けて、祖国へ帰ってからはアミーシャとしか結婚しないと一族の者に言い切り分家当主じゃなくて教師の道を選んだ。
貴族の当主より教師の方がまだ結婚相手の貴賎の縛りが緩かったからな。分家筋とは言え、彼奴は名門貴族の子弟だった。
これと言って学のない庶民と簡単に婚姻を結べるとは当時から彼奴も考えていなかったんだろう。
で、言葉で表せない位勉強して教師になったら今度は仕事の合間を縫って学士の資格も取った。
そして魔法分野の研究で功績を挙げた彼奴は国王からの褒賞を辞退して代わりにアミーシャとの婚姻の許しを求めた。
当時、それなりに話題に上ったんだぞ。
最年少で名を上げた魔法の学者が庶民との婚姻を褒賞として望んだ、と。」
ツボと和解したニールさんの口からほぅ、と息が漏れる。
すっかり夢中になって話を聞き入っていた僕達の様子にファーザーさんは面白そうにくつくつと笑い声を上げた。
ファーザーさん実はお喋り好きだったんだね……いつの間にか紳士の皮が剥がれてるし……
改めてハーブティーを口に含みながら今聞いた話を咀嚼する。
義父さんって一途というか………恋に対する熱意が凄かったんだね。
なんというか、好きな人と添い遂げる為にそこまでやるかと感心してしまう。
義父さんの事は人としての経験値も思慮深さも尊敬しているけど、自分を追い詰めてまで恋を叶えようとする熱量には圧倒されるよ。
…まぁ、義父さんのそれは逃げられないように囲ったとも言うけど。
王命で「貴方は褒賞だから結婚しなさい」と言われて断れる人はどれだけ居るのだろうか?
………あれ、お義母さんとは両思いだったんだよね??
……………まさか、無理強い、してないよね????
その点が気になってしまい恐る恐るファーザーさんへ伺うと
「あぁ、アミーシャもグレイに一目惚れしてたそうだよ。
まぁ、アミーシャ自身も身分の差は理解していたから恐れ多いと好意を断っていたな。
だから、断らなくて良い状況を作ったんだろう彼奴は。」
との返事が返って来た。
成る程、両片想いという奴か。前世でそんな事をしてた友人達の姿を思い出す。
側から見てるとヤキモキするんだよねぇあれ。
当事者じゃない立場の人がソワソワしちゃうというか。
きっと、当時ファーザーさんもそういう想いだったのだろう。………いや、この分だと存分に楽しんでたかな?
そこでニールさんが口を開いた。
「グレイヴス先生の功績についてはケルヴィナでも語られていますし、祖父からグレイヴス先生は元貴族だという話も聞いていましたが……そういう経緯があったのですね。
それで第一線を退いた後、グレイヴス先生は態々片田舎のブルースの町までいらしたのですか?」
「あぁ、そうだよ。
隣国の王立学園で長年教鞭を取っていたが、アミーシャが儚くなった後早々に隠居生活を送ると宣言して貴族籍すら抜けたんだ。
そして市井へと降りた彼はアミーシャの亡骸と共にこの地へやって来た………
"自分の我が儘で人生を振り回してしまったからせめて眠る場所位は彼女の好きな場所にしてあげたい"と言ってな。
ーー彼女は故郷をとても大事に思っていたんだ。
生涯を共にしたグレイと同じ位、ね。」
そう静かに語るファーザーさんの声に僕は義父さんを思い浮かべた。
僕の赤ん坊の頃、初めてお義母さんの墓参りへ行った際に見た寂しそうに墓石に語り掛ける義父さんの顔が思い浮かぶ。
年を経る毎に子供達の明るさに釣られるように笑顔でお義母さんへ近況を話すようになったが、やっぱり本当は寂しいのだと思う。
………別れを経験しても尚義父さんから想い続けて貰えるお義母さんが羨ましいと、思ってしまった。
…………僕には到底真似出来ない。
諦める事に慣れてしまった僕は手を伸ばす勇気も持てずに捨てられる可能性に怖気付き、ずっと動けないでいる。
ーー最後がサイテーな結果になっちゃうのなら、僕は初めから何にも望まないでいるよーー
……そう言った僕にそれでも笑い掛けて側に居続けてくれた大切で大好きな恩師と友人達。
…………先生に、皆んなに、会いたいな。
僕の生きる意味の、希望の皆んなに。




