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「義父さんの事。」




あの後、役場を出た義父さんは僕を連れて大通りの隣地区、中通りまで足を運んだ。

小さな町なのでどの通りもそこまで長くはないが、見た所、この二つの通りである程度の買い物は賄えるようだ。


此方は大通りに比べ、建物も雑多で二階建てが多いようだ。

この町の建物はハーフティンバー様式に似ているようで長屋に幾つかの店舗が入っている所もある。

こじんまりとした店舗が続く中、ある一件のお店に向かって行く。


白壁に緑の屋根の外観をしたその建物は一見するとテラスハウスにも見える。

扉の上部に打ち付けられた看板にはこう書いてあった。


ーーミシェルの本屋ーー


本屋さんかぁ…買い物するのかな?

義父さんの持つ蔵書のお陰で勉強が出来ている身としては、本は多いに限る。

やっぱり文章に纏められていると分かりやすいし、何よりこの世界の魔法や前世になかった物事を知る楽しさがある。


義父さんは本屋さんに入るようだ。扉を開けると、ドアベルがカランカランと軽やかな音を立てる。

店内へ入るとマホガニーの木目美しい、落ち着いた雰囲気のお店が広がっていた。


壁という壁に本棚が置かれており、様々な本が並べられている。

その間にも本棚が等間隔に置かれており、小さな店舗ながらかなりの量の本が揃えられているのが窺えた。

義父さんは奥へ進むと天井まで届くほど大きな本棚の向こう、入り口からは見えない場所にあったカウンターへと向かった。


カウンターには眼鏡を掛けた小柄なお婆さんがちょこんと掛けており、手元の分厚い本を読んでいた。


「ミシェルさんこんにちは」


カウンターまで近付くと義父さんは屈んでお婆さんになるべく近付き、ゆっくりと声を掛けた。


「んん…?まぁ、グレイヴスさんかい。やだよぅ、もうそんな時間かい?」


顔を正面へ向けたお婆さんは小さな顔をくしゃくしゃにして笑い、そう言った。

よいしょ、とクッションの敷かれた椅子からゆっくりと立ち上がる。


「以前、注文した本は届きましたかな?」


「医学書なんか取り寄せるのはこの町じゃライネル先生か、グレイヴスさん位なものだよぅ。しかも、最新の研究書だなんて……これだね」


ゆったりとした歩みで近くの本棚まで近付いたお婆さんは、低い段に仕舞ってあった一冊の本を取り出す。

義父さんの腕の中からそれを眺めていると不意に、義父さんに頭を撫でられた。


う〜、義父さんの大きな手に撫でられると眠たくなっちゃうんだよなぁ……

気持ち良さに目を細めて肩にすりすりすると、

義父さんは背中をぽんぽんと叩いてあやしてくれた。


「その子が引き取ったという子かい?」


「えぇ、先程役場で養子登録をして来ました。ノアと言います」


「ノアちゃんか。可愛い子だねぇ」


そう言い、僕の頭を撫でてくれるお婆さん。

小さなお婆さんの手が僕の髪を擽る。

ふわふわの産毛は最近、段々と生え変わってきていた。


鏡はまだ見た事ないけれど、抜けた髪は黒色をしていた。

今世も黒髪か…ストレートだといいな。


なんて、考えている内に会計が済んだようだ。

一冊にしてはやけに大量のコインを渡すと、義父さんは店を後にした。




◇◇◇◇◇




それから義父さんは近くのお店で花を購入すると、辻馬車に乗り込んだ。

ゴトゴトと揺れる帆馬車の中、キョロキョロと辺りを見渡す。

僕達以外にも乗客は居るが、人数は少ない。

馬車の後ろ、帆が開けられた箇所からぐんぐんと景色が流れて行くのが分かる。


ーー馬車が止まる毎に段々と人が減って行き、やがて僕達以外誰も居なくなった頃、馬車は目的地に着いた。

御者に賃金を渡した義父さんは背後へと振り返った。



ーーーそこは霊園のようだった。

町を見下ろす小高い丘の上、鉄柵に囲まれたその場所は墓石が等間隔に並んでいた。


ある程度手入れがされているらしく、短く刈り揃えられた芝生と、墓石を縫うようにして小さな花も植えられていた。


春の穏やかな陽気の中、陽の降り注ぐその場所には静かな空気が流れていた。

義父さんは霊園へ足を踏み入れると、慣れた様子である一点を目指して歩き始めた。

時折流れる風の音と義父さんの歩く足音以外、静かなこの場所ーー


ーーーやがて、義父さんの足が止まる頃、目の前には一つのお墓があった。


ふと、嗅いだ覚えのある芳香が辺りに漂う。

香りの出所を探すと、すぐ近くの地面に沈丁花の木が植えられていた。

鞠状に咲く花は淡い紅色に染まっていて、風と共に優しい香りを辺りに運んでいた。


そっと、墓に彫られた名前を見る。




ーーーアミーシャ・ウィーネブルク 此処に眠る。



ーーウィーネブルク……その名前にそっと義父さんの顔を仰ぎ見る。

義父さんは僕を抱えたまま、ゆっくりと片膝をつき、墓石の前に花束を供えた。


「……久しぶりだね。アミ」


そう言うと、義父さんは哀しげな笑みを浮かべた。



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