「喧嘩?」
う〜ん………どうしよう、名前………
………名前かぁ…………
あれから家に帰って来て夕食を終えた僕は魔法で洗い物を終えるとカホちゃんとハレくんを連れて居間に居た。
因みにナギちゃんは兄妹二人と一緒にお風呂へ直行して行きました。
…心なしかしょぼんとしていた義兄の顔が頭に過ぎる。お兄ちゃん本当に僕とのお風呂が大好きだよね………
お風呂上がりに特製アイスをご馳走するから許して下さい。
僕は2匹のもふもふを堪能しながら思考を切り替えようと緩く頭を振る。言わずもがな名付けには自信がない僕は居間の長椅子に身を預けながらうんうんと悩み続けていた。
商会の名前……語呂が良くて覚えやすい方が良いかな。
それとも敢えて長めの名称にしてお客さんの印象に残るようにする?んんんんん………………………
駄目だ、ニールさんとカフェでの打ち合わせ(?)の時にでも相談してみよう。
表向きはテナー商会の系列店舗なのだしニールさんの意見を取り入れても良い筈だ!うん!
………と、呑気に考えていた時もありました。
◇◇◇◇◇
「………で、ノアが商会を立ち上げる事になったのは分かったけど、何で商会の人と一緒にカフェに行く事になったんだ。」
「………えぇと、ニールさんって名前なんだけど………」
「そのニールさんが、ノアと、どうしてカフェに行くのかって聞いてんだけど」
目の前から発される不機嫌オーラに僕は身を固くする。
お風呂上がりの濡れた髪のまま戻ってきた義兄に長椅子の上で抱っこされながら今日の出来事を一通り話していたのだが、ニールさんとカフェに行くという話しの件で急にムスッとお怒りモードになったのだ。
その様子に戸惑い、火と風の複合魔法で義兄の髪を乾かしていた手が止まる。
すると髪を撫でていた手を掴まれ徐に指先にキスをされた。
啄むような優しいそれに戸惑いながらも受け入れているといつの間にか手首をぎゅ、と強く掴まれる。
そうしてあ、と開けた口から覗く犬歯が僕の肌に沈む様がやけにゆっくり見えた。
痕が残るかも、と知覚する前に感じる鋭い痛み。指先を支配する痛みに僅かに顔を顰めながら彼を見遣ると、指を口に含みながら此方を見つめる彼の瞳に緋色がちらついていた。
え、ディルさんまさかその手は人質ですか………?
いや、あの、ちゃんと答えるんで離して貰えると…………っ
手を人質に取られた僕は助けを求めるように慌てて後ろを振り返った。
先程フィリも一緒に戻って来たのだけれど今は聖霊の皆んなと仲良く魔法の練習をしています。暖炉の前で寛ぎながらゴーレムで遊ぶ義妹達と僕達との寒暖差が凄い………
そんなほのぼのとしている空気の中ハレくん助けて!と心の中で呼び掛けるとハレくんがバサッと飛び立ち、義兄の肩の上に来てくれた。
僕達の状況を見たハレくんが金色の瞳でじっと義兄を見つめると彼は渋る様子を見せたが、やがてのろのろと僕の手を解放してくれた。
けれど口をへの字に曲げてそっぽを向いたきり黙ってしまう義兄。…………どうやらお怒りモードは続行らしい。
その様子に僕は義兄に身体を預けながら恐る恐る問い掛ける。
「お兄ちゃん…………怒ってる?」
「…………別に。」
「……あの、僕カフェに行っちゃ、駄目?」
「……………」
いよいよ何も答えなくなった彼に僕は途方に暮れた。
ハレくんも首をしきりに傾げながら義兄に視線を向けてくれるも、それに対する答えも沈黙。
うぅ……どうしよう。お兄ちゃんを怒らせてしまった。
やっぱりカフェに行くのは駄目なのだろうか?今からでもニールさんに連絡してナシにして貰う??
お兄ちゃんお願い、何か話して………
嫌われてしまったのだろうかと考えた途端じわ、と僕の目に涙が滲んで来た。勝手に溢れ出す涙に慌てて首を俯けて見られないように顔を隠す。
只でさえ怒らせてしまっているのだからみっともなく泣いては、駄目。
けれども一度溢れた涙は勝手に頬を流れ続ける。
どうしようと悩みながらも気付かれないようにそっと鼻を啜ると不意に僕の手に触れる温かな感触を感じびくり、と身体が揺れた。
驚いて顔を上げるとそこには僕達の座る長椅子に膝をついて此方を心配そうに見つめるフィリの姿があった。
僕の手を両手で握りしめてきゅう、と眉尻を下げている。
「ノア兄、大丈夫? ディル兄が何か言ったの?」
「……ううん、大丈夫だよ。ありがとうフィリ」
「でも、ノア兄泣いてるよ?
……ディル兄!ノア兄の事泣かせたらダメ!」
そうぴしゃりと言う義妹の威勢の良い叱咤に今度は義兄の身体がびくり、と揺れる。
やがて観念したように此方へ顔を向けた彼は眉根を寄せながらも、
「…ごめん。」
と呟いた。
その様子に義兄が喋ってくれた事への安堵と、謝らせてしまった事への罪悪感と、涙を見られてしまった事への恥ずかしさから僕はぶんぶんと首を振る。
流れる涙もそのままに兄妹二人にぎゅうと抱き付く。
「……ひっく、ごめ、なさい………お兄ちゃん、ごめんなさい………っ」
「……いや、俺が悪かった。泣かせてごめん」
そう言い頭を撫でてくれる彼の優しい手に余計に涙が流れ続ける。
……泣き虫な自分が本当に嫌で、鬱陶しがられるのが怖くて、普段は極力泣かないようにしているのに僕の涙腺は一度タカが外れるとなかなか治ってくれない。
ーーー僕は嗚咽を漏らしながら縋るようにずっと二人に抱き付いていた。




