「商人の青年。」
………僕が商会、立ち上げ?
ウォルターさんの言葉を自身の中で反芻する。僕が商会を立ち上げるという事はつまり、テナー商会から独立するという事だ。
その提案に僕は内心で渋る。
今は商品の販売に関して一切の手綱をテナー商会さんに任せている状態だ。仮に僕が独立してからは今度は全ての舵を取らなければならなくなる。
経営の基礎すら知らない僕が商会を立ち上げるというのは今現在ハードルが高いのでは、というのが僕の率直な意見だ。
義父さんもそれはすぐ考えついたようで苦言を呈した。
「ウォルター殿、確かにこの子の作る物は価値を考えればもっと世に広まっていてもおかしくない代物でしょう。ですが無策に独立を成してしまればノアの負担があまりにも大きい。
……何かお考えがあっての事とお見受け致しますが?」
義父さんのその言葉にウォルターさんは待ってましたとばかりにニコリと笑むと勿論です。と返す。
「えぇ、実はお二人に紹介したい人物がいます。
勿論ノアちゃんの秘密を守れる信用のおける者です。……この場に呼んでも構わないでしょうか?」
その言葉に義父さんと視線を交わす。
ウォルターさんの商人としての実力も人柄の良さも、そして人や物を見抜く能力も折り紙付きだ。
ウォルターさん、曳いてはテナー商会さんの事は信用のおける協力者だと思っている。
そのウォルターさんが直接僕達に会わせたい人物………信用しても良いのではないだろうか。
義父さんも同じ判断を下したようで深く頷いてみせた。
「そうですな。まずはその方にお会いしてから考えましょう」
そう言い防音魔法をそっと扉付近のみ解除する。その仕草にすぐウォルターさんは扉の向こうへ声を掛けた。
「ニール入って良いよ。」
「はい。失礼致します。」
どうやらすぐそこで待たせていたらしい。
応答の後、扉を開き入って来た人物へ僕は視線を向ける。
ーー入って来たのは一人の青年だった。
赤混じりの茶髪はウォルターさんやオルガちゃんそっくりだが、此方の青年は快活というよりも物腰穏やかな印象を受ける。仕立ての良いスーツに身を包んだ彼は、義父さんと僕の方へ向くと丁寧に頭を下げる。
「この場にお呼び頂きました事、誠に光栄に存じます。
テナー商会会頭より支部長を任せて頂いております、ニール・テナーと申します。
どうぞ、宜しくお願い致します」
そう慇懃な姿勢で此方へ挨拶をするニールさん。
後の言葉をウォルターさんが継ぎ、話し始めた。
「改めまして、私共の商会の支部長を務めて貰っているニールです。
私の姉の息子で我が商会でよく働いてくれています。」
ウォルターさんの紹介に義父さんが挨拶を返す。
義父さんは相手が年下であれ礼には礼を尽くす人だ。此方も慇懃な姿勢で挨拶をすると彼は恐縮した様子を見せた。
その遣り取りを聞きながら僕はそっと彼に対して鑑定を発動させる。ウォルターさんの身内であれば僕がリンス等の商品の作り手である事は知っている筈。
信用のおける人物だとは思うが念の為能力を調べさせて貰う事にした。
プライバシーの観点から本当はこんな事したくないんだけどね………何を見たって吹聴したりしないので勘弁して下さい。
そう心の中で謝りながら鑑定画面を隠蔽魔法で隠しながらさり気無く見遣る。
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ニール・テナー
男性:20歳
身長172.1cm 体重63.5kg
【保有魔力】
地 水 火 風 光 闇
・
【加護】
鑑定
【耐性】
魅了耐性
おっと、この人も鑑定の加護持ちか。
それじゃあこの人は僕の正体についてもある程度知らされているかな。
一通りの挨拶が終わった後ニールさんに僕についてどの程度知っているのかを伺うと、
「全て聞いております。」
との返事が。………つまり僕が愛し子だという事も知っている、という事だ。
僕はウォルターさんの話す彼の経歴を聴きながらもう一度注意深く彼を観察する。
「我が父、前会頭の紹介で流行の国ヴァレルへ渡り、其方の商売についても学んでいる子です。
既に私どもの商会が経営する店舗での一通りの実務経験を済ませています。……実は試験としてノアちゃんの商品販路拡大の担当責任者に就かせておりました。
結果は先月の契約店舗数と売り上げを見て頂ければご理解頂けるかと思います。
素地は充分かと。」
ウォルターさんの意見としては顧客も付き、売り上げも伸びている僕の商品によりプレミア価値を付けると共に庶民・貴族それぞれに向けた商品展開をしたい、との事だった。
最近は貴族との取り引きも出て来た為、円滑に安定した量を作れるように美容品部門の専門店として商会を立ち上げ、ニールさんを表向きの顔役に据える、と。
実際は商品の権利は僕が持っているし、経営が傾かない限り僕の意見を都度反映させられる仕組みとなっている。
確かにお互いに利のある提案だ。それに実業経験のあるニールさんに色々頼れるのは僕としても有り難い話だ。
テナー商会とも引き続き密な連携を取れるそうなので材料コストの点も問題ない。
………ここまでお膳立てして貰っておいて乗りません。はナシだよね。そうですよね。
う〜ん……………
細かい話を聞きながらも僕は内心ぐるぐると悩み続ける。
すると話を聞き終えた義父さんがニールさんの方へ顔を向け、ゆっくりと口を開いた。
「成る程、お話は分かりました。
…ニール殿。少し伺っても宜しいですかな?」
「はい。」
「ニール殿は商人としてとても立派に努めておられるかと存じます。けれども、この子は商人ではありません………
いつかこの子が矢面に立たざるを得なくなった時、貴方はこの子の味方となってくれますか?
それとも利害の為と、割り切り捨てる判断をも視野に入れておりますか?」
そう問いかける義父さんの瞳は静かだ。
否も是も受け入れる。義父さんはそういう人だからこそ敢えてこの質問をしたのだろう。
そしてその問いに彼も静かに前を見据え、応える。
「私は商人です。必要とあれば物事を冷静に見極め、判断を下す事も厭いません。
………けれど、私は商人である前に一人の人です。
国が待望する愛し子様と言えど、本人の意思も考えずにこんな幼い子を見捨てる程淡白な人間ではないつもりです。」
そう言いニコリとウォルターさんに似た笑みを浮かべたニールさん。いや………どちらかと言うとオルガちゃんの屈託のない笑みに似ている。
その言葉と笑みを見た瞬間、僕の心は決まった。この人はオルガちゃんに似ている。
商人として抜け目なく物事を見極めようとしながらもその心根は優しい人だ。
自身の持つ道徳心や正義観を曲げる事はしない。
僕の意思を考えずに利害で動いたりは決してしない人なのだろう。
僕はオルガちゃんにそっと視線を向ける。
僕達の遣り取りを聞きながらニールさんへ向ける視線には親しみと尊敬が込められていた。
この子が、この人達が信じる人物なら、僕も信じよう。
大事な友人は信じる事にしているのだ、僕は。
僕は義父さんへ一つ頷くと、ニールさんへ返事を告げる。
「このお話、是非お受けしたいと思います。
ニールさん、これから宜しくお願いします!」




