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「自分は。」

自分が一つ決まった日。自分を知る日。



この世界に慣れ、グレイヴスさんを心の中で義父さんと呼び始めた頃ーーー


今日は養父である義父さんのお仕事がお休みの日。

休日は必ず僕と過ごす時間を作ってくれるこの人は、今日は外へ連れ出してくれるようで何やら準備をしていた。


義父さんの支度姿を籠の中から見つめながら、そろそろお乳以外の味が恋しいと感じていた。

この身体もそろそろ離乳食を始めても良いと思うんだよね〜。

お乳も良いけれど、元日本人としては色々な味を口にしたくなってしまう……


なんて考えていると支度の済んだ義父さんがこちらへ向かって来た。


「お待たせ。いい子にしていたかい?」


そう言って僕を抱き上げると額へキスを贈ってくれた。

ふふふ、ふさふさの髭が擽ったい。


きゃっきゃっと笑って義父さんの顔に触れる。

赤ん坊に生まれ変わるまで、人との触れ合いがこんなに嬉しいとは思わなかった。


今世では生まれてすぐに捨てられてしまったが、今ではこの人に出逢えた事に感謝している位だ。


前世、長い付き合いで大切だと感じる友人達や尊敬する人は居たが、家族と呼べる存在は居なかった。

就職後も誰かと家族になる事に億劫になってしまい、親しい関係になった人は一人も居ない人生だった。


お陰で彼氏いない歴=年齢だったよ!

まぁ、それ以外にも理由はあったんだけど…


そんな僕にとって養い親からの温かな愛情は、生涯独り身だった身にはとても心地良い物だった。


義父さんに温かなケープに包んで貰い、抱っこされながら家を出る。

玄関を出ると、低い鉄柵に囲まれた庭に沈丁花の花が咲いているのが見えた。


今は春先か……拾われた時、寒かった筈だ。

恐らく、拾われた頃は真冬だっただろうに、固い毛布一枚で地面に寝かされていたのだから。

そんな考えも、沈丁花から香る芳香に流されて行く。


「春の沈丁花、夏の梔子、秋の金木犀」だったかな。

三大香木の呼び名の通り、香りがとても良い。


「あの木が気になるのかい?」


義父さんの声に視線を元に戻すと、義父さんは穏やかだけど、何処か寂しそうな顔をしていた。


どうしたのだろう?

心配になり、顔をふにふにと触る。


「……あの木ももう咲いている頃だね。」


しかし、義父さんは遠くへ視線を向けると

小さく呟いたきり、黙ってしまった。


それから義父さんは庭を出て、町を歩き始めた。春の陽だまりが溢れる閑静な住宅街を抜け、大通りへとやって来る。

何回か外に連れ出して貰っているが、今回は初めて行く場所だ。


二階三階建ての店舗等が並ぶ中、一際大きな建物までやって来た。

煉瓦造りの重厚な建物は三階建てで大きな玄関ポーチからは色々な人が出入りしている。


ここは…役場かな?雰囲気が前世の町役場に似ている。

義父さんはその中へ入ると広いロビーの奥、受付と思われるカウンターへと足を進めた。

受付に座るお姉さんは僕達の姿を認めるとにこやかに挨拶してくれた。


「こんにちは。本日この子の戸籍登録に伺いましたウィーネブルクです」


義父さんのファミリーネームはウィーネブルクなのか……これはあの3匹に聞いてなかったな。

そんな事を考えている内に確認が終わったらしく、個室へ案内される。

どうやら、予め話を通していたらしい。


個室に入ると案内をしてくれた女性は部屋を出て行く。

個別に対応できる応接室らしく、ここに入る前にも同じような扉が等間隔に並んでいた。


備え付けのソファーに座る義父さんの膝に乗せられ大人しく待っていると、やがてノックの音が聞こえた。

それに義父さんが応えるとガチャっと扉が開き、向こうから壮年の紳士が入ってきた。


「グレイ。久方ぶりだな。息災にしていたか?」


「あぁ、元気にしていたよ。別邸のハルク坊ちゃんも利口な方で教鞭を取る身としては嬉しい限りだよ。」


「そうか、そうか。それは何よりだ。それで今日はその子の戸籍登録をする予定だと聞いているが…」


「あぁ、そうだ。この子が手紙に書いた養子にしたい子なのだが、少し懸念があってな。お前さんの都合が良い日に事情を併せて話しておこうと思ったのだ。」


んん?懸念??僕何か良くない事しでかしたかな…

真夜中の勉強会は、僕があまりに笑うから鳶さんが防音魔法を発動してくれる事になったし、バレる訳無いと思うのだけど…


内心で焦っていると、義父さんが魔力を流した。

途端、部屋に張られる高密度の防音魔法。


す、凄い…義父さんも魔法使えたんだ。


だけど、防音魔法を張るって事は誰かに聞かれたくない話題らしい。

自分の事もよく分かっていないので、一体、僕の何を話すのかと義父さんの声に耳を澄ませる。


「この子の事なのだか……見て貰った方が分かりやすいだろう」


ーーーと言うと、義父さんは徐に()()()()()()()()()()


んん?!?え、何々なんでおしめを取ろうとしてるの?!

嫌だ、赤ん坊だし、これまでスーザンさんや義父さんに散々見られてるけど、突然見ず知らずの人に身体を見せるのは……!?


赤ん坊なりに必死に抵抗したものの、穏やかな顔をした義父さんに嗜められながら、呆気なくおしめを取り払われてしまった……


……うぅぅ、こんな辱めを受けるなんて……


両手で顔を覆い、足を縮こませる。

お股がすーすーする……早く履かせて下さい……


「ファーザー。見えたかの」


「…成る程。言いたいことは分かった。

この子の名前はもう決まっているのか?」


「一応。この子の将来の為に二つ考えてある。

この子が将来自分で決めた時の為に、変更手続き可能の形にしておいて欲しい」


いい歳したジェントルマン二人は思案顔で何やら話すと、義父さんは思ったよりも早く僕のおしめを当て直してくれた。


………はぁ〜……安心する。おしめってすぐ取り替えて貰えないと不快でしかないけど、無いとないで不安になるよ……


おしめへの愛着と信頼を再認識していると、二人はある程度話しを纏め終えたらしい。

何やら数枚の書類を出している。


義父さんが署名を行う為、一旦ファーザーさんに預けられる。

ファーザーさんの腕の中から書類を覗き込み読んでみると…


何々…戸籍登録票……こっちは誰が親族か記載する紙か……ん?僕の名前の欄、何だか文字数多くない?


見える文字が頭の中で日本語に変換されていく。一つめの短い文字は"ノア" その他に二つ、長い文字が書かれており、こちらも名前のようだ。


ん?こちらの世界はこんなに名前が長いの??でも、義父さんは「グレイヴス」ってファーストネームだよね。

それじゃあこれ、全部ミドルネームか…?


頭の中がハテナで一杯になりながら義父さんを見遣ると、義父さんも此方を見つめていた。


「…お前がどうしてそう生まれたのかは分からない。もしかすると、星母神様のお与えになったものなのかもしれない。けれども、私はお前を大事な我が子だと思っているよ。……ノア」



ーー義父さんはそう言い、僕を抱き寄せてくれた。

義父さんの横顔を映す視界の端、書類に書かれた文字が頭の中で日本語に変換されるーー




ーーー【性別:男女不明。※身体特徴、両性。

*上記は本人又は代理人により、変更手続きを可能なものとする。】



お読み頂き、ありがとうございます。


ノアはこれからどう生き、何を選ぶのか。

これらを書けるといいな……(遅筆になる予感)

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