「墓守。」
お義母さんに一頻り近況を伝えた後、僕はフィリを誘って霊園内を歩いていた。霊園は墓守の人が管理をしているのでいつ来ても綺麗に整えられている。
昼間草刈りや墓石の掃除を担っているとの事だったので、毎年お墓参りの時は墓守の人への日頃のお礼にお菓子を作って来ていた。
今年はスーザンさん直伝のリンツァートルテだ。
ナニーをしてくれていたスーザンさんは僕が6歳を迎えてからは職を辞したが、今でも時折我が家に来て色々と世話を焼いてくれている。
お陰様で今では僕もお菓子作りは得意な事の一つになっていて家族や聖霊の皆んなにも喜んで貰えている。
そう、聖霊の皆んなもご飯は食べるのです。
聖霊というのはその性質上、食べ物を摂取する必要はないらしいのだが家の子達はお菓子とか果物とかめちゃくちゃ喜んで食べます。
まぁ仮に太陽規模の恒星だったとしたら、大体100億年は自家発電で生きられる筈なので……聖霊達はあくまで嗜好品として口にしているみたいだ。
そんな事を考えながら義妹と二人、手を繋いで霊園を歩いていると地面にかがみ込み草刈りをしているお爺さんの姿が目に入る。
僕達はそちらへ近付き、声を掛けた。
「ハインツさん、こんにちは。
いつも綺麗にしてくれてありがとうございます」
「…ん?あー、先生ん所の坊主達じゃねぇか。
そうか、今年ももうそんな時期か。」
「はい。今お墓参りを済ませた所です。
ハインツさん、これ差し入れです。お家で召し上がって下さい」
「おぉ、毎年済まねぇな…こんな仕事しとる爺ィに気ぃ遣わせちまって」
「何言ってるんですか。そのお仕事のお陰で安らかに家族が眠れてるんですよ。ここに眠っている人達も。」
「そうかい……そう言って貰えるなら儂も報われるってもんよ」
そう言いゆっくりと腰を上げるハインツさん。
此方へと振り向いたその顔は、眼帯に傷跡の残る厳つい物だった。
眼帯をした左眼は片方が潰れていて眼球ももう無いらしい。
左の頬から耳にかけて走る傷跡が痛々しい。それだけでなく左腕も肘から先が無く長い袖が垂れていた。
ーーこの人は昔、冒険者をしていたらしい。
それなりに活躍していた時期もあり名指しで依頼される事もあった程らしいのだが、ある日危険な魔物の討伐依頼で負傷してしまった。
森の深部での遠征だったそうで治癒の加護も治療も間に合わず彼の左眼と左腕の一部は永遠に失われてしまったのだ。
冒険者にとっては名誉の負傷だが、引退後の彼の職業選択の場はぐっと少なくなってしまった。
本来なら引退後は後世の冒険者指導に就けた筈なのに彼は小さな町に戻り、一人霊園を守り続けている。
……墓守というのはこの国では忌避されている職業の一つだ。
大切な仕事の一つなのに、どうしてか世間からは良い顔をされない。
こうして彼が霊園を管理し、綺麗に整えてくれているからこそ亡くなった人達も、それを弔う人達も、大切な人の死を受け入れる事が出来るのに。
そんなハインツさんに僕の腕にしがみつき背後に隠れていたフィリがおずおずと顔を出し声を掛ける。
「…い、いつも、ありがとうございます…」
少し震え、段々と尻すぼみになったその言葉に僕は笑みを浮かべる。人見知りのフィリからしてみればかなり勇気のいる行動だった筈だ。
ハインツさんもその言葉にニカっとした笑みを浮かべておう!と応え返していた。
ハインツさんの威勢の良い返事に恥ずかしそうに僕の背中へ引っ込むフィリ。
ん〜、控えめに微笑んでる口許がとても可愛い。
そうして挨拶を終えると、ハインツさんは柵の修理をして来ると言って僕達に背を向け去って行った。
ーー何か彼の冒険者としての経験を活かす場がもっとあれば良いのに。
鎌や籠を担ぎ歩き出すハインツさんの後ろ姿を見送りながら、そんな事を考えていたーーー