「香り。」
買い物を済ませた後、家の掃除を軽く行い洗濯物を取り込む。
そうして家事がある程度済み、お茶を飲みながら休んでいるとスーザンさんが帰る時間だ。
教会に預けている息子さん達が帰ってくる時間の為、いつも16時頃には帰れるようにしている。
この世界の教会は託児所と寺子屋が一緒になったような役割を持っていて、6歳を過ぎた子は皆そこで簡単な文字や計算を覚えるらしい。
僕のナニーになってからはお子さん達は教会に預かって貰っていたそうで今年から下の娘さんも6歳になった為、文字を覚え始めたらしい。
「やんちゃ盛りで困るよ」
と笑うスーザンさんは、それでも幸せそうな顔をしていた。
◇◇◇◇◇
スーザンさんが帰った後、僕は自室で柔軟剤作りに取り掛かった。先程は姿を見せなかった聖霊たちが部屋に集まり興味津々といった様子で僕の手元を見つめている。
聖霊達の事は普段は愛称で呼ぶようにしていた。
大切な友達を田中太郎、みたいにフルネームで呼ぶのは、ね……
それぞれ風属性の聖霊、御晴義はハレくん、水属性の聖霊、詩凪はナギちゃん、そして土属性の聖霊、永華穂はカホちゃんと呼んでいる。
そんな皆んなは僕の作る柔軟剤に今、ご執心だ。
特にカホちゃんは九本の尻尾を優雅に靡かせながらキラキラした瞳で此方を見つめていた。
ふふふ、カホちゃんは本当にお花の香りが大好きだね。
自然と笑顔になりながら柔軟剤作りの材料をテーブルに並べていく。柔軟剤の材料自体はシンプルで精製水とクエン酸、グリセリンに香り付けのアロマオイルのみ。
これを僕は浄化の加護を掛けまくった水とお酢、ヤシ油で代用し、香り付けはレモンの皮を搾った精油とローズマリーの精油を入れ、なんちゃって柔軟剤を生み出した。
合成柔軟剤には劣るがそれでも優しく香る、固くない手触りは最高の一言に尽きる。
いやもう、頑張って作ったから嬉しさもひと入だよ。
え?ローズマリーの精油はどこで手に入れたかって?
これはこの町の大通りに本店を置くテナー商会で仕入れた。
このテナー商会、主に女性向けの美容品や香水の原料を取り扱っているらしくこの辺り特産のハーブを精油に加工し王都などに卸しているらしい。
因みにヤシ油もテナー商会で仕入れた。
ヤシ油は最近、王都のご婦人達や北方の地域で大変人気なんだとか。確かに肌の保護効果があった筈だから乾燥が気になる場合は有効だろう。
そんなヤシ油も出しながらその隣に精油の入ったガラスの小瓶も置いていく。今回はラベンダーの香りの他、カモミールとネロリも入れてみる。
精油以外の材料を混ぜ、そこに先程の精油をブレンドしたものを入れていく。するとナギちゃんが小さな水の球を作り、口でちょんちょんと指し示してきた。
ん?これがどうしたの?
ナギちゃんは精油の小瓶へ近付くとまた口先でちょんちょんとつつき、それから水の球を指し示す。
あぁ、ここに垂らして欲しいのね。
それに気付きブレンド済みの精油を数滴垂らしていく。
水に触れると香りが分かるようで嬉しそうに水の球をつついていた。
……金魚って精油平気なのかな。いや、この子は聖霊だから大丈夫なのか。
そんな事を考えていると、ふと思い付いた事を試したくなった。
僕はナギちゃんのように水の球を作り、そこに精油を垂らすとこれを細かいミスト状にして部屋に放出させてみた。
なんちゃってアロマミストだ。部屋にふわっとフローラル系の良い香りが広がっていく。
あ、カホちゃんが喜んでる。
お鼻をヒクヒクさせてうっとりと目を細める姿がとても可愛い。
ハレくんもリラックスした様子で翼を広げている。
抗菌作用を期待してラベンダーを選んだがリラックス効果も高いので落ち着けるのだろう。
皆んなが楽しめたみたいで良かったと思いながら柔軟剤を瓶へと詰めていく。
そろそろ義父さんが帰ってくる時間だ。
夕食の準備をしないと。
ーー夕日が差し込む部屋の中、聖霊達と共に過ごす1人の子供、それはとても穏やかな光景だったーーー